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よく考えてごらん

 別荘に到着した。周はシートベルトを外しながら、

「上がってコーヒーでも飲んでいきませんか? 一人で退屈してたし」

 何か嫌味でも言われるかと思いきや、和泉は何も言わずに中に入ってくれた。


 メイはやはり元気が無いものの、大好きな和泉の膝の上に飛び乗り、丸まって目を閉じている。


 周が孝太から聞いたこと、仲居達の噂話、その他いろいろと自分が見聞きしたことを話すと、刑事はしばらく思考の世界に入り込んでいた。

 コーヒーを淹れてテーブルの上に置く。


「彼……石岡氏はつまり、美咲さんが自分のことを警察に売ったと、そう考えているわけだね?」

「うん……。義姉さんも、和泉さんもやっぱり同じ考え方なんだと思ったら、無性に腹が立って……孝太さんは優しい人だよ。過去なんて何も関係ないのに」

 和泉は黙っている。


 周は思わずムキになって続けた。

「いつも俺に親切にしてくれたし、何かと気を遣ってくれて、怖い顔して脅されたことなんて一度もない!!」

 メイが薄く眼を空ける。うるさいわね、と文句を言われた気がした。

 和泉はコーヒーを一口啜ると、そう、とだけ言った。


 もっと何か言わないと。周は焦っていろいろと考えるが、適当なことが思いつかない。

「それと、義姉さんとあの駿河っていう刑事のことだけど……昔付き合ってたっていうか、婚約までしてたんでしょう? それがどういう理由で別れたのか知らないけど……二人が時々会ってるって……それってつまり、不倫っていうんじゃないんですか?」

「それについてはほぼ80%あり得ないって保証するよ」即答である。

「どうして?」

「だって僕、家族より長い時間を葵ちゃんと一緒に過ごしているから。もっともこの春からの話だけど。その前の所轄署にいた頃は、女性と会う暇なんてないほどもっと忙しかったと思うよ。で、美咲さんが葵ちゃんと会ってるのを見たっていつの話?」

 確認していない。

 周の頭にはすっかり血が昇っていたので、そんな基本的なことさえ疑問にすら思わなかったのだ。

 

 和泉は声を出さずに笑う。

「……なんで80%なんですか?」

「そりゃ、僕だって全部何もかも知ってる訳じゃないから。たとえば今、ここには僕と周君の二人しかいないよね? 突然、僕が周君を押し倒してキスしたとする。君はお兄さんに和泉からこんなことされたって訴えるよね? 僕は聡さんや他の人に、君の方から抱きついてキスしてきたんだって主張するとしたら、何が真実なのかを知っているのは当事者同士だけってことになるよね。どこかでカメラでも回っていない限りは」

 確かにそうだ。

 何が真実かなんて、本人以外にしかわからないことはある。


「周君、美咲さんに確かめてみた?」

「……」

 真実を知るのが怖くてできなかった。

「葵ちゃんは信頼できる人だよ」和泉は言った。

「そりゃ、仲間ですもんね」

「そうじゃないよ、彼の直属の上司が高岡聡介だからさ」

 真剣そのものの顔。周には少し理解することができないでいた。

「……どういうことですか?」

「警察官っていうのは信用が第一だからね。私生活でのスキャンダルはとかくマスコミの格好の餌食になるんだよ」

 同じことを智哉が言っていたことを思い出す。


 部下の不祥事は上司の責任。もし何かあれば監督不行届きの烙印を押されると言いたいのだろう。

「彼は聡さんに迷惑をかけるようなことはしない。それに、一緒に働いた時間がそう確信させてくれたんだ」

「……でも、他人ですよね?」

 和泉はくすっと笑い、それから真面目な表情に戻る。

「血のつながりなんて関係ない。僕は、親子や兄弟で殺し合う家族を何組か見てきた」

 彼は兄や友人が言うのとは正反対のことを言う。


 だけど彼は否応なく確かに見てきたのだろう。血縁同士が争い、憎しみ合う光景を。そういう話はよく耳にする。


 それに何より、彼は他人である職場の先輩を父と慕っている。

 相手もまた、心から和泉のことを息子のように愛していることを知っている。


 またわからなくなってきた。いったい何が真実なのか……。


「ねぇ、周君」

 和泉は猫の背中を撫でながら、宙を見つめて言う。

「よく考えてごらん。君が不貞腐れて子供じみた行動をした時も、勝手に腹を立てて怒鳴りつけても、どんな時も変わらず君に優しく接してくれたのは誰? 誰よりも君のことを大切に思ってくれてるのは?」

 義姉だ。兄ではない。

 半分とはいえ、血のつながった兄弟ではなく、他人のはずの美咲の方だ。


「さっき君は僕が、美咲さんの言うことだけ信じて、自分の話を聞いてくれないって悲しんでいたけど……彼女もきっと同じだよ。もちろん、言えないこともいろいろあるんだろうけどね。ちゃんと彼女の話を聞いてあげてよ、周君」

 和泉はそう言ってメイをソファの上に横たえ、頭を撫でてから立ち上がる。

「ごちそうさま、じゃあね」

「もう行くんですか?!」

「これでも一応、仕事中なんだよね」

 和泉は玄関に向かって歩き出す。


 周は急いでその後を追いかけた。

「和泉さん、お願いが……」


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