嵐の中
言われた通り和泉はレインコートを着て外に出た。
確かにこんな、誰も外に出ないような日だからこそ、人目を忍んで行動する輩もいることだろう。
風の勢いは強く、傘は何の役にも立たない。風に飛ばされた看板やゴミで怪我をすることもある。何よりも恐ろしいのは土砂崩れだ。
和泉は慎重に歩みを進めつつ、たった一人で歩くレインコートの人物に近付いた。
男女の区別はつかない。
微かに猫の鳴き声が聞こえたような気がした。
ついに追い付いて、相手の肩を掴む。
振り向いた顔を見て、和泉は文字通り飛び上がりそうなほど驚いた。
「……周君……?!」
驚いたのは周も同じだ。目を大きく見開いている。
「何してるの?」
すると彼は泣き出しそうな顔で、
「メイが……!」全部を聞かなくてもわかった。
「獣医さんに診てもらいに行くんだね?」
周は黙って頷く。
「こっちにおいで」和泉は駐車場へ周を連れて行った。
連絡がついた動物病院へカーナビをセットして走り出すと、周は落ち着きを取り戻したようだ。
気まずいような、申し訳ないような、複雑な表情をしている。
それから小さな声でありがとうございます、と言った。
「不本意かもしれないけどね、大嫌いな警察の人間に助けられて」
周はぎゅっと目をつむって、首を横に振った。
「和泉さんのことを嫌いだって言った訳じゃない……」
「ふぅん」
しばらく沈黙が続いた。
診てくれると言った動物病院は坂の上にあり、徒歩ではとても無理な場所にあった。
待っていた獣医はこの台風の中をよく来たな、という顔で、猫を診察してくれた。
診断結果は、
「風邪じゃね。薬を飲んでおとなしくしとりゃ治る」
猫は静かに注射され、口をこじ開けて飲まされた薬もどうにか飲み込む。
「あんた、飼い主さんのお兄さん?」獣医は和泉に尋ねた。
「いえ、彼氏です」
「違います! ただの知り合いです!!」
獣医はどっちの言うことを信じたのか知らないが、
「いくら猫が可愛いからって、こんな日に無茶せんよう言っておいてくれんかね」
「わかりました。よぉく身体に言い聞かせておきますので」
「やめろ!!」
「じゃ、お世話になりました」
外に出ると相変わらず強い風と雨が全身を濡らすが、周は顔を真っ赤にして車に乗り込んだ。
「広島のマンションに送っていけばいいんだよね?」
エンジンボタンを押しながら和泉は言った。
「……生口島の別荘にお願いします」
「何なの? また美咲さんと何かあったんだ。いいねぇ、お坊っちゃまは。景色が綺麗で快適なシェルターがあって」
すると周は背中を丸め、膝の上に抱えたケージの把手を強く握りしめた。
「和泉さんは……いつも義姉の方が正しくて、俺が勝手に不貞腐れて家を出たり、子供じみた真似をするって思ってるんだ? 俺の話なんか誰も聞いてくれないんだ」
俯き、途切れ途切れに話す声は少し震えている。
確かに彼の言うことにも一理ある。
「……ごめんね。そんなふうに思わせたんだとしたら、僕のせいだね。周君の話を聞かせてくれる?」
周は少し驚いた顔を見せて、それから再び俯いた。




