表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

72/119

嵐の中

 言われた通り和泉はレインコートを着て外に出た。

 確かにこんな、誰も外に出ないような日だからこそ、人目を忍んで行動する輩もいることだろう。


 風の勢いは強く、傘は何の役にも立たない。風に飛ばされた看板やゴミで怪我をすることもある。何よりも恐ろしいのは土砂崩れだ。


 和泉は慎重に歩みを進めつつ、たった一人で歩くレインコートの人物に近付いた。


 男女の区別はつかない。

 微かに猫の鳴き声が聞こえたような気がした。


 ついに追い付いて、相手の肩を掴む。


 振り向いた顔を見て、和泉は文字通り飛び上がりそうなほど驚いた。

「……周君……?!」

 驚いたのは周も同じだ。目を大きく見開いている。

「何してるの?」


 すると彼は泣き出しそうな顔で、

「メイが……!」全部を聞かなくてもわかった。

「獣医さんに診てもらいに行くんだね?」

 周は黙って頷く。

「こっちにおいで」和泉は駐車場へ周を連れて行った。


 連絡がついた動物病院へカーナビをセットして走り出すと、周は落ち着きを取り戻したようだ。

 気まずいような、申し訳ないような、複雑な表情をしている。


 それから小さな声でありがとうございます、と言った。

「不本意かもしれないけどね、大嫌いな警察の人間に助けられて」

 周はぎゅっと目をつむって、首を横に振った。

「和泉さんのことを嫌いだって言った訳じゃない……」

「ふぅん」

 しばらく沈黙が続いた。


 診てくれると言った動物病院は坂の上にあり、徒歩ではとても無理な場所にあった。

 待っていた獣医はこの台風の中をよく来たな、という顔で、猫を診察してくれた。


 診断結果は、

「風邪じゃね。薬を飲んでおとなしくしとりゃ治る」

 猫は静かに注射され、口をこじ開けて飲まされた薬もどうにか飲み込む。

「あんた、飼い主さんのお兄さん?」獣医は和泉に尋ねた。

「いえ、彼氏です」

「違います! ただの知り合いです!!」

 獣医はどっちの言うことを信じたのか知らないが、

「いくら猫が可愛いからって、こんな日に無茶せんよう言っておいてくれんかね」

「わかりました。よぉく身体に言い聞かせておきますので」

「やめろ!!」

「じゃ、お世話になりました」

 外に出ると相変わらず強い風と雨が全身を濡らすが、周は顔を真っ赤にして車に乗り込んだ。


「広島のマンションに送っていけばいいんだよね?」

 エンジンボタンを押しながら和泉は言った。

「……生口島の別荘にお願いします」

「何なの? また美咲さんと何かあったんだ。いいねぇ、お坊っちゃまは。景色が綺麗で快適なシェルターがあって」

 すると周は背中を丸め、膝の上に抱えたケージの把手を強く握りしめた。


「和泉さんは……いつも義姉の方が正しくて、俺が勝手に不貞腐れて家を出たり、子供じみた真似をするって思ってるんだ? 俺の話なんか誰も聞いてくれないんだ」

 俯き、途切れ途切れに話す声は少し震えている。


 確かに彼の言うことにも一理ある。

「……ごめんね。そんなふうに思わせたんだとしたら、僕のせいだね。周君の話を聞かせてくれる?」

 周は少し驚いた顔を見せて、それから再び俯いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ