柱の陰から
部屋を出てしばらく歩いていると、廊下の向こうを周が歩いていた。
さっきは熱中症になりかかってぐったりしていたが、すっかり元気になっている。
いつからここでアルバイトを始めたのだろうか。
向こうも駿河に気付いたようだ。
彼が和服姿の若い女性を連れているのを見て、面白いほどぎょっとした顔をする。
あの子は感情がすぐ表に出る。羨ましいと思えるほどだ。
その周は引きつった笑顔を浮かべていらっしゃいませー、と会釈した。
庭に出ると熱気が襲ってきた。
失敗したかもしれない。
この暑いのに、外に出ようと言うのはただの嫌がらせかもしれない。まして相手は和服だ。
しかし考えようによっては、気の効かない男だという評価につながり、向こうから断って来る可能性もありうる。
「あの……」
お嬢様が口を開いた。か細く、甲高い声だ。
駿河が振り返ると、
「中に戻っていいですか?」
「そうですね、すみません」
結局、二人はロビーに戻ってソファに腰掛けた。
何か飲み物でも、とメニュー表を手に取ると、少し離れた場所にある柱の影から周がこちらを見ているのに気付く。
ひょっとして気になるのだろうか?
少しだけ待っていてください、と駿河は立ち上がり、周の方へ近付いていく。
まさかこちらにやってくるとは思わなかったのだろう。
周が慌てて踵を返そうとするよりも、駿河が彼の肩を掴む方が早かった。
「人のことをストーカー呼ばわりしておいて、自分には覗きの趣味でもあるのか」
「ある訳ねぇだろ? そんなもん!!」
近くを他の仲居が通りかかった。
周ははっと口を手で押さえて、
「……何か御用でしょうか?」
「アイスコーヒーを2つ」
「えっと……」周は困惑した顔になる。
「係の従業員に伝えることぐらいできるだろう?」
駿河は思わず柔らかい彼の頬を指でつまんで引っ張る。
「こんなに立派な、可愛くないことばかり言える口があるんだから」
「……はにゃへ……」
手を放してやると周は眼を潤ませ、それでも精一杯の反抗を込めて駿河を睨みつけ、近くにいた仲居に声をかけた。
それから見合い相手の元に戻ると、彼女はなぜか微笑んでいた。
「失礼しました」
「いえ……駿河さんて、お噂とは少し違う方なんだって驚きました」
「……」
「なんだか楽しくなりそうです」
意味深な台詞を残して、彼女はそれきり黙ってしまった。