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出会った場所

 子供の頃から美咲は、辛い時には必ずここに来ていた。


 観光客が決して足を踏み入れることがなく、地元の人間にもそれほど知られていない秘密の弥山のとある場所。

 眼下に広がる瀬戸の海を見つめていると、いつしか涙も消えていた。

 

 ここは美咲にとってかけがえのない、大切な場所である。

 ここで彼に出会い、お互いの気持ちを確認して、結婚の約束をした。

 

 だけど。あの女社長の言う通り、自分は彼にとって相応しい人間ではない。

 

 犯罪者の娘である以上、念願かなって刑事課に異動できた彼の足を引っ張る訳にはいかない。

 

 そろそろ戻らないと。

 美咲は立ち上がり、戻る道を歩き始めた。

 

 その時だ。

 木陰から少し懐かしく、ひどく愛おしい人の姿があらわれたのは。


「ここに来ればもしかしたら、会えるかもしれないと思っていた」

 駿河が目の前に立っている。腕に包帯を巻いたまま。


 帰る道は一本しかない。

 美咲は無言のまま彼の傍を通り抜けようと、着物の裾をからげて走り出した。


「待ってくれ!!」袖を掴まれる。

 慌てて振りほどこうとして却ってバランスを崩し、足がもつれた。


 短い悲鳴をあげ、気がついたら駿河の腕に支えられていた。

 怪我にさわったのでは、と不安になる。


「……頼む、美咲。理由を、事情を話してくれ。そうでなければ僕は……」

 彼の言うことはもっともだ。

「理由なら、彼女にお聞きになったでしょう?」

 美咲は駿河の腕から離れ、わざと突き離すように言った。

「彼女……?」

「ご結婚なさるんでしょう? 野村彩佳さんていう方と。だったら私から話すことは何もありません」

 どうか否定して欲しい。

 そんな話は嘘だと。


 美咲は胸の内で、虫のよすぎる願いを込めながらそう言った。


「僕は君の口から真実を聞きたい。彼女が嘘をついている可能性だって否定できない」

 駿河は怪我をしていない方の手で美咲の手を掴んだ。

 決して離さない、ちゃんと答えてくれるまでは……。

 そんな彼の意志が伝わってくるようだった。


「疑い深いんですね。でも、奥様になる女性の言うことが信じられないのだったら……」

「ああ、だから彼女とは結婚しない。先日はっきりと断った」

 思わず安堵の息をつきそうになって懸命に堪える。しかし駿河はそんなことにはまったく頓着しない様子で、握った手に力を込めた。

「そんなことより美咲、理由を教えて欲しい。何があったか、何が原因なのか」

 美咲は黙っていた。

「……お父さんの起こした横領事件のことか?」


 父親の隆幸が、旅館の資金を横領した犯罪者であると知ったのは、旅館の経営がいよいよ厳しくなり、その上脱税の疑惑が浮上してきて、税務署の監査が入ったことによる。


 父親は確かに怠惰で無節操な人間だった。だけど横領があったとされる当時は東京にいたし、今のようにインターネットで資金を操作することも普及しておらず、まして機械音痴の父親には不可能だと思われた。


 しかし、父が金の無心に何度か実家である宮島に帰ったこと、父と特別な関係にあった経理を担当していた従業員が持っていた書類が動かぬ証拠となり、既に事件は時効を迎えていたが、それでは終わらなかった。


 泥棒の娘。

 まわりの人間達は美咲を無言の内にそう呼ぶようになった。


 犯罪者の娘となった今、念願だった刑事課への異動がかなった駿河の足を引っ張る訳にはいかない。

 だから美咲は何も言わずに身を隠し、一方的に婚約を破棄したのだ。

 それが大きな理由だったとはいえ他にも原因は存在する。


 しかし、それを今は駿河に話す訳にはいかなかった。


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