昼メロにありがちな
おはようございます、と美咲が事務所に入ると、女将の里美が妙な表情で出迎えてくれた。
つい先ほどまで誰かと電話で話していたようで、受話器を握ったまま困惑している。
「どうしたの?」
「今、周君から電話があって……アルバイト辞めるって」
「え? そんな、どうして……!」
「サキちゃん、周君と何かあったの? ……もう顔も見たくないなんて」
美咲は息を呑んで、両手で口元を覆った。
それから首を横に振る。
「わからない、わからないわ……!」
里美は美咲の傍に寄ると、娘の肩を掴んで言った。
「サキちゃん、今日は早めに帰っていいから、周君としっかり話をして」
「うん、でも……」
何も話してくれないかもしれない。おそらく顔も合わせてくれないことだろう。
とにかく、今は仕事だ。
美咲は今日の予約状況と担当する部屋の顧客を確認した。
女性の二人組。一番値の張る豪華な客室を予約しているが、特に何かの記念日だとか祝いだといった特記事項はない。
名前と年齢を確認するとどうやら母娘だと思われる。
もし母親が今でも生きていて、ごく普通の親子だったら、自分も一年に一度ぐらいは旅行でもプレゼントしただろうか。
里美がいつか引退したら、その時は……。
それから午後6時過ぎになった。
担当する部屋の客が到着したと連絡を受けてロビーに向かった美咲は、その二人連れを見て思わず息を呑んだ。
偽名を使って予約したのは、高島亜由美と野村彩佳の二人だった。
「あら、あなたなの?」
比較的少ない荷物を投げるように美咲に預け、亜由美は笑った。
彩佳の方は固い表情で無言のままだ。
「ご案内いたします」
気持ちを鎮めるためにこっそり深呼吸を繰り返し、美咲は先だって部屋へと歩きだす。
「だいぶ年季が入ってるわね、この旅館」
亜由美はまわりをキョロキョロと観察しながらいちいち感想を口にする。
生け花のセンスがないだの、障子が少し黄ばんでいるだの。美咲は適当に生返事をしながら、後ろを振り返らないように真っ直ぐ前だけを見つめる。
部屋に着き荷物を置いて、あらためて挨拶をする。
二人の女性客は座椅子に腰かけ、卓袱台の上にA4サイズの用紙を広げ始めた。
これからここで会議でも始めるつもりだろうか。
食事の時間や館内の説明、朝食の希望時間など聴取しなくてはならないのだが。
すると亜由美は言った。
「夕食は7時、朝食は7時半にして。あと、館内の説明はいいから」
かしこまりました、と美咲は両手を畳の上について頭を下げる。それからお茶を淹れ始めた。
「それで、結局どのドレスにすることにしたの?」
亜由美が言うと、彩佳は不満げに溜め息をつきながら答える。
「それが、彼ったらちっとも相談に乗ってくれないんです。私に任せるって」
「ねぇ、あなたはどう思う?」
いきなり彩佳に話を振られた美咲が困惑していると、これを見ろと、卓袱台の上に広げられていたのは披露宴で花嫁が着るドレスのカタログだった。色とりどりの美しいドレスを着た女性達が微笑んでいる。
「あなただったら知ってるでしょ。彼、何色が好きなの?」
確かに葵の好きな色なら知っている。
しかし美咲はさぁ、と曖昧に答えた。
もうそろそろ茶葉が開いた頃だろう。2人分の湯呑みにお茶を注ぎ、卓袱台の上に置こうとした時だ。
亜由美が口を開いた。
「ところで彩佳ちゃん、昨夜はどうだったの? 彼と」