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あれこれ考えてみる

「……襲撃犯達は彼のことを『あの女のスパイだ』と言ったそうです。それに、犯人達が乗ってきた車の荷台には宮島を守る会の旗があったとか」

「だったら、あの女社長に決まっているじゃありませんか」

 高島亜由美のことを言っているのだろう。

「違う、あいつだ! 寒河江美咲だ!!」

 それまで黙って飲んでいた斉木晃が口を挟んだ。


 聡介は苛立ちを抑えつつ、

「なぜそう思うのですか?」

「あの旅館は経営破綻の一歩手前なんだ。もしも推進派の仲間になれば、資金を出してやるって言われたんだよ。だから新聞記者を殺したり、刑事を襲わせたりしたんだ! 仲間になったふりをして、そうに違いない! 僕達を陥れるのが目的に違いないんだ!!」

 論理は破綻しているが、この男性が美咲に対して並みならぬ負の感情を感じていることだけはわかる。

「ずいぶん、美咲さんに個人的な怨みがあるようですね?」

「あいつは、あいつのせいで……!」

 ぼっちゃん、と支倉が斉木の肩を揺する。


 だいぶ酔いが回っているようだ。

 潤さぁん、と斉木は支倉にすがりつく。異様な光景だ。

 聡介は背筋を悪寒が走るのを覚えた。


 友永はブツブツ言いながら、まだ怒り冷めやらぬようだ。

 刑事さん、と支倉は二人の警官を等分に見つめた。

「桑原さんを殺した人間を一刻も早く捕まえてください。次の死人が出る前にね」

 会見は終了。


 聡介と友永は不愉快極まりない気分でアジトというか、店を出る。

「……いろいろ聞きたいこと、あるんでしょう? 班長」

 だいぶ落ち着いたようだ。友永は並んで歩きながら言った。

「ああ。あの支倉っていう男とは顔見知りのようだな」

「あいつは夜な夜な盛り場に繰り出しては、家出をしてきたガキどもに声をかけて風俗店に送り込んだり、詐欺グループに加担させたり、麻薬の運び屋をやらせたりとやりたい放題ですよ。ちなみに見てわかったでしょうが、奴はゲイです」

「そ、そうか……」

 友永は禁煙用パイプを口に銜えた。


 かつて非行少年や少女達を更生に向けて必死に働いていた刑事にとっては、彼らを悪い方向へ導く支倉のような人間は許せないのだろう。


 聡介はその横顔を見つめながら訊ねる。

「私怨でもあるのか? あの男に」

「……あるって答えたら、俺を捜査から外しますか?」

「そのつもりはない。優秀な刑事は何人いても問題ない」

 それはどうも、とおどけた様子を見せながら友永は、

「昔……どうしても助けられなかった子供がいました。その子は今でも流川のキャバクラで働いてますがね」

 聡介は黙って彼の背中をポンポンと叩く。


 それから腕時計で時間を確認した。

 1度家に戻って洗濯機を回し、着替えを用意する時間はありそうだ。これから再び因島に戻って捜査会議である。


 静岡県もそうだが、広島県も案外東西に長い。道路が空いていればいいが。


 午後9時近く。聡介がマンションに戻り、玄関のドアを開けようとした時、隣室のドアが開いた。

 三毛猫が飛び出してきて、にゃ~と聡介の足にまとわりつく。


 猫に続いて外に出てきたのは、周でも美咲でもなく、見覚えのある少年だった。

 確か周の友人だ。


 以前、ストーカーにつきまとわれて困っているという相談を受けたことがある。名前は忘れてしまったが。

 少年は聡介に気付くと、なぜかぎょっとした表情になる。


 見られたくない場面を見られた時、人はそんな顔をする。


 しかし彼はすぐに笑顔を見せて、こんばんは、その節はどうもありがとうございましたと言った。

 周の友達だけにいい子じゃないか。


 聡介は前肢を伸ばしてズボンの膝に爪を立てる三毛猫を抱き上げながら返事をした。

 続いて茶トラも走ってきた。にゃん、と一声鳴いてから腰のベルト目掛けて飛び付いてくる。


 やれやれ。ずいぶん好かれたものだ。


 そして最後に藤江賢司が出てきた。

 彼は聡介に挨拶し、暑いですね、など当たり障りのない話をした。

「メイ、プリン、だめだよ。大人しく留守番してて」

「お出かけですか?」

「ええ、妻と弟を迎えに」

 じゃあこの子はいったい……?

 しかし賢司は猫2匹をさっさと家に入れてカギを閉めると、少年を連れてエレベーターへ向かう。

 聡介も中に入って洗濯機を回し、着替えを袋に詰めた。


 ふと和泉のことが気になりだした。

 あの子供じみた中年息子は、一度落ち込むと底が深い。


 結衣から詳しいことは聞いた。


 滅多なことでは他人に心を開かないあの和泉が、心底可愛がっている藤江周という少年。その彼からたとえ和泉個人に対してではなく、警察全体に向けられた敵意だったとしても、少なからずショックだろう。

 失恋した気分かもしれない。


 であれば余計に、静かに見守るしかない。

 

 奥さんから離婚された時はへらへら笑っていたくせに。

 

 それにしてもいったい、いくつになるまで俺に面倒をかけるつもりだ……?

 それでも彼の気持ちはわからなくもない。娘に嫌われたら生きていけないのと同じ感覚だろうか。


 真犯人が誰にしろ、一刻も早く事件を解決することが今の使命だ。


 聡介はあれこれと頭の中で事件の記録を整理した。


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