反対派の集会
『宮島を守る会』代表者である斉木晃という若い男性はどちらかというと、まわりの人間から持ち上げられて代表の座に就いた感じであった。
気が弱くて、すぐに他人の意見に振り回される。
自分自身は反対でも賛成でもないが、家族や友人が反対だというからそれが正しいのだろう。
本人から直接そう聞いた訳ではないが、聡介は彼と話していてそんな印象を持った。
宮島で長い歴史を持つ老舗旅館の息子。なるほど、和服がよく似合う。
聡介は友永が宮島を守る会に話を聞きにいくというので同行することにした。
彼らは週に何度か集会を開いて、今後の活動予定や方針を話しあっているらしい。
友永はアジトだと言ったが、何のことはない、居酒屋の一個室を借りきっているだけの話だ。会員は皆それぞれに昼間は仕事がある。
仕事が終わった後に予定の空いているメンバーが集まる、そんな具合だ。
今夜集まっていたのは会長である斉木晃と、他3名。刑事が話を聞きたいと訪ねてきたことに、彼らは困惑しているようだった。
「我々は何も、違法な行為などしていませんよ。地道に署名活動を行い、抗議デモを行うにしても、暴力的なことは一切禁止しています」
代表はあくまでも傀儡のようで、刑事達の質問に答えたのは、支倉と名乗った代表補佐の肩書きを持つ男性である。
長い刑事生活で磨かれた勘により、この男が堅気ではないことに気付いた。
切れ長の目を銀縁眼鏡が覆い、黒々とした豊かな髪はオールバックでまとまっている。一見すると一流企業のビジネスマンのようだが、その実はいわゆるインテリヤクザと言われる種類に違いない。
「そんな上っ面の台詞を信じろってか?」友永が言った。
「友永さん……」
支倉は眼鏡の縁を押し上げながら言った。
「お久しぶりですね。最近、お見かけしないと思ったら……まさか刑事課に異動されていたとはね」
捜査1課だ、と友永は言い直す。
「俺の仲間が生口島で襲撃された。お前らの仕業だと考えている」
いつにない友永の強い口調に、聡介は内心で少なからず驚いていた。
「仲間……どなたです?」
聡介はポケットから駿河の顔写真を取り出した。
「あ、こいつ……あの女の情夫じゃないか!」会長である斉木晃が叫んだ。
その言い方に引っかかるものを覚えて聡介は斉木を見た。
「あの女とは誰ですか?」
「あいつですよ、あいつ! 御柳亭の……寒河江美咲」
「情夫と仰いましたが、どういう意味ですか?」
自分の部下をそんなふうに言われて心穏やかでいられる訳がない。
その上、好感を持っている藤江美咲のことまで。彼女の旧姓は聡介も知っている。
しかし、特に深い意味はなかったらしい。斉木はすがるような目で支倉を見た。
「広静建設の御曹司ですね? ……再開発計画には彼の父親も関わっている」
写真を返しながら支倉は言った。
「だから? 駿河を襲ったのは。計画を無理に進めれば、家族がもっと酷い目にあうのだという警告のつもりだろう!!」
まわりのざわめきのせいで、友永の叫びはそれほど響かなかった。
しかし支倉は肩を竦める素振りを見せ、
「友永さん。先ほども申し上げましたが、我々は一切、暴力的なことは禁止しているのです。それを言うなら、先日殺された桑原さんこそ、推進派の奴等に消されたのではありませんか? 彼は我々反対派に与する立場でしたからね。新聞記者ならではのネットワークを使って、我々に有利な情報ももたらしてくれました」
便宜上、彼らは再開発反対派である自分達を『反対派』、推し進めようとしている相手を『推進派』と呼んでいるらしい。
「有利な情報?」
「それは教えられません。ご自分達でお調べください。とにかく、我々は警察を敵に回すようなバカな真似はしません」
支倉は通りかかった店員に生ビールのお代わりを頼み、メニュー表を開いた。
彼の言うことはもっともだ。ヤクザは警察を正面から相手にしたりはしない。
彼らは警察組織にいる一個人を狙って懐柔してくる。金と女。甘い罠を仕掛けて、機密情報を現職の警察官から入手しようとする。
それに、と支倉は続ける。
「襲われたというのは狂言かもしれないじゃありませんか」
「狂言……?」
「私たち反対派を悪者に仕立てるためです。お父上に頼まれたか、自分で思い付いたかは知りませんがね」
てめぇ! と、友永は支倉につかみかかった。
「あいつはそんな人間じゃない!!」
「落ち着け!」
めずらしく興奮状態にある部下をなんとか制止し、聡介は言った。