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謎の遺伝子

 いったい誰に似たのだろう?


 少なくとも母にそんな癖はなかった。

 だとすると、父親である藤江悠司だろうか?


 記憶にある限り、とても優しくて穏やかそうな人だったと思うのだが。

 

 不機嫌な時の周は、理由を聞いても答えてくれない。

 黙っていつの間にか外に出かけて行ったり、部屋にこもったり、とにかく口をきいてくれなくなる。食事も一緒に摂らなくなってしまう。

 

 他の人に対して怒っている場合はちゃんと詳細を説明してくれる。

 

 つまり今は、何かしらの理由で自分に対して怒っているのだ。

 何が気に入らなかったのかしら?

 

 考えてみたが、美咲には思い当たることがなかった。

 

 今朝の朝礼が始まる前まではいつもと変わらなかったのに。

 

 ひょっとして、警察が孝太に話を聞きに来てからだろうか?

 美咲自身はその現場を見ていないが、噂話の大好きな仲居達が囁き合っていたのを通りすがりに耳に挟んだ。

 

 すっごいイケメンの刑事さんが来てね、石岡さんに話を聞きに来てたの。

 ほら、例の新聞記者さんの事件よ。あの人、石岡さんの知り合いだったんでしょう?

 

 彼、昔は何かとやんちゃしてたじゃない。やっぱりそう言う人って疑われるのねぇ……。


 えー、でも今はあんなに丸くなったじゃない。


 わかんないわよ、悪い癖って抜けないから。カーッとなったら手が出ちゃうのかも。


 美咲の姿を見ると彼女達はぴたりと話をやめた。


 その時、すぐ後ろを周が通りかかったので、美咲は弟に声をかけた。


 今日は仕事終わったら一緒に帰ろう?

 しかし周は返事をせず、どこかへ行ってしまった。


 その頬にはうっすらと涙の跡が見てとれた。


 孝太のことを心配しているのはわかる。周は彼に懐いている。

 彼の元に警察が事情聴取に来ただなんて、心配でたまらないだろう。

 まして殺人事件のこととなれば余計だ。


 美咲自身としては、孝太を信じていいのかどうかわからないでいた。


 あの事件があった日の前後、後で聞いた話だが、彼は急に仕事を休むと言い出したらしい。

 亡くなった桑原この旅館を訪ねて来たのは一度だけではない。


 取材の為にやってきたのは一度きりだが、その後も何度か姿を見かけた。その折、彼は孝太と話しこんでいた。

 口論している様子ではなかったが、警察は孝太を疑っているのか。


 しかし、どうしていきなり彼が捜査線上に浮上したのだろう?


 あの人なら何か知っているだろうか。


 美咲は首を横に振った。連絡を取る口実を探そうとしている自分がいる。


 それにしてもそのことが原因だとして、どうして自分が弟に悪感情を抱かれなければならないのだろう?

 ちゃんと話してくれないとわからないよ。


 半分だけど、血のつながった姉弟だからって言葉にしなければ伝わらないことがたくさんある。

 鬱々とした気分のまま作業をしつつ、一段落ついて美咲が休憩を取ろうと歩いていた時だ。柱の向こうを孝太が歩いているのに気付いた。


「孝ちゃん!」

 美咲が呼びかけると、彼はびくっとして立ち止まる。

「……警察の人はなんて?」

「別に、なんでもない」

 彼はそれだけ言って板場に戻ってしまった。

 彼もまた、美咲との会話を拒んでいるようだった。


 怒っているのだ。

 美咲は孝太を疑った。それは新聞記者である桑原の死に関してではない。

 駿河の襲撃事件に関してである。

 

 再開発計画に対して反対に立場を定めたと決まった明けの出来事だった。駿河の父親が経営する建設会社が、MTホールディングスと並んで再開発事業推進派であることは知っている。

 反対派に所属する桑原の敵討ちのつもり、もしくは見せしめのため。

 

 疑う理由はある。ここ最近何度か、彼がガラの悪い男達と接触しているところを見かけたことがあるからだ。

 だが、そのことを美咲は胸の内にしまっていて、誰にも話していない。

 

 まずは本人に確認してからだ。

 そう思っていたのに、どうして警察が彼を訪ねてきたのだろう?

 

 誰か他にも自分と同じように考えた人物がいたのだろうか。

 

 駿河に会いたい、と思った。

 会って話を聞いてほしい。

 顔が見たい……。


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