ジュノンボーイ
それから約2時間後のこと。
聡介の携帯電話が鳴りだした。また娘からだ。
『お父さん、因島のどこ?』
「……本当に来たのか?」
『あ、警察署に決まってるか』
娘は一方的に電話を切り、それから約10分後、
「高岡警部、お客様が……」婦警が会議室に姿を見せた。
受付ロビーで待たせておいてくれ、と聡介は言いかけたが、
「お父さん!」
娘の1人、今岡梨恵は人目も憚らず嬉しそうに父親に飛びついて来た。
その時、会議室には友永を始め、他にも刑事が幾人かいた。
「……」
「ねぇ、聞いてよ。慧ちゃんたらひどいんだから!」
事情を知らない人間が見たら、若い愛人が聡介を訪ねてやってきたかのように思われることだろう。実際、尾道東署の松田は眼を丸くして口笛でも吹きそうな顔をしている。
一刻も早くこの場を後にするべきだ。
聡介は娘の背中を押し、署の外に出た。
「どうせ、お前が怒らせるようなことをしたんだろう?」
慧とは娘婿の名前である。
聡介は末娘の夫である男性を、実の娘よりも信頼している節がある。
「だいたい、今日は定休日じゃないだろう? 勝手に店を休んでこんなところまで来て、向こうにどれだけ迷惑をかけるつもりだ?」
尾道市内で料理屋を経営している男性の元に嫁いだ梨恵は、時折夫とケンカしたと言っては父親の元に逃れてくることがある。
すると娘は唇を尖らせて、
「だって、私は悪くないもん」
「何があったんだ、今度は……」
いつもの遣り取り。なんだかんだと言っても聡介は、娘がこうして頼って来てくれるのが嬉しくてたまらない。
「昨日ね、孝ちゃんがお店に来たの」
「誰だ、孝ちゃんて」
梨恵は自分の知っていることは全部父親も知っているという前提で話しだすので、時折質問を挟まなければ理解できない。
「高校生の頃に知り合った、元暴走族のヘッド」
仮にも刑事の娘にそんな知人がいるというのは頭痛のネタだが、彼女は高校生の頃、ほんの一時期だが悪い仲間達と付き合っていたことがある。
「元? ってことは、今はもうやめたのか」
「うん。事故を起こして、弟さんを死なせちゃったからなんだって」
「で、それがどうしてケンカの原因になるんだ?」
「孝ちゃん、綺麗な女の人と、知り合いらしい男の子を二人連れてたの。で、私がその人達の前で孝ちゃんの過去のことをいろいろ話したから……」
「それは全面的にお前が悪い」
聡介は間を置かず、即時にそう言った。
「だって、孝ちゃんが電話してきたんだよ? 今日、うちのお店に来るからいろいろ昔の話しようって!」
「そんなの、社交辞令に決まってるだろうが。彼一人ならそれもいいかもしれないが、他に連れがいたんだろう? もし今の彼しか知らない人達なら、その話を聞いてどう思う?」
梨恵は少しだけ考えるポーズを取ると、
「そう言えば、男の子の1人が嫌な顔してたなぁ……」
だろう? と、聡介は娘の頭を掴んでかきまわした。
「そういうことだ。わかったらさっさと店に帰って、慧に謝っておけ。お前のせいで常連になってくれるかもしれない客を逃したかもしれないんだからな」
娘はイマイチ納得のいかない顔をしている。
「お父さんはまだ仕事中なんだ。じゃあな」
背を向けて歩き出すと、
「何よ、お父さんのバカっ!!」
いつもの台詞に見送られる。
もう少し『考える』ということを覚えてくれないだろうか、あの娘は……。
それから聡介が署に戻り、しばらくすると和泉達が戻って来た。
「彰彦、報告は?」
さきほど結衣が「和泉の様子がおかしい」と言っていたが、本当だった。
彼は放心状態であり、彼女の言葉を借りるなら「石化」していた。
「何があったんだ……?」
「それが、旅館で働いてた若い男の子……学生さんかと思うんですけど、和泉さんの知り合いみたいで、その子がいきなり『警察なんて大嫌いだ』って言いだして……それ以来ですよ、この調子で」
嫌な予感がした。
「もしかしてその男の子っていうのは、割と明るい髪色で、可愛い顔立ちをしてる子じゃなかったか?」
「確かに、ジュノンボーイ系でしたね」
「……詳しいことを話してくれ……」