ついつい頬が緩む
「うさこか、そっちの様子はどうだ?」
携帯電話にかかってきたのは息子の番号ではなく、結衣の方だった。
『それが、警部……和泉さんの様子がおかしいんです』
「それはいつものことだ、放っておけ」
『でも、なんか普通じゃないっていうか……とにかく、そちらに戻りますね』
彰彦の様子がおかしい? あいつは元々まともな人間ではない。
聡介はそう思ったが、俄かに心配になってきた。
その時、また携帯電話にかかってきた。娘からだ。
聡介はまわりに他の刑事がいないことを確認しつつ、一つ咳払いをしてから通話ボタンを押す。
「梨恵か? 仕事中はなるべくかけてくるなって言っただろう」
『お父さん、今日は何時頃帰るの?』
背後でざわざわと雑音がする。外からかけているようだ。間もなく、3番ホームに電車が参ります……とアナウンス。
「お前、今どこにいるんだ?」
『広島駅。迎えに来て欲しいと思ったんだけど、まだ仕事中でしょ。どこかで時間潰すから……』
「おい、俺は今、因島だぞ? それに今日は定休日だったか?」
『因島ぁ?!』娘はすっとんきょうな声を上げた。『やだ! せっかく広島まで来たのに、因島じゃ、尾道に戻ってさらに南下じゃないの!!』
「……お前な、前々から言ってるだろう。思いつきで行動するな。いろんなことを確認してから……」
『じゃあ、そっちに行く』
「えっ?! おい、梨恵……!!」電話は切れた。
何なんだ? あの子はいつも主語がなく、説明が足りない。
それにしても、いきなりこちらへ来るとは……。
「今の電話、お嬢さんからでしょう? 班長」
いつの間にか戻って来ていた友永が、ニヤニヤしながら近付いてきた。
聡介が肯定も否定もしないでいると「顔が緩んでますよ」と言われ、慌てて表情を引き締める。
「葵の様子はどうだった?」
彼には駿河の様子を見に行くよう命じてあった。
「問題ありませんね。明日にでも、ギプスをはめたままで出勤してくるでしょう」
「そうか……」
「かなり退屈してるみたいですよ。もともと、じっとしてるのが苦手なタイプなんでしょうね。ところで……」
友永は急に真面目な顔になった。
「奴の病室の前をうろついている、不審な人間がいました。念の為、警備の警官には厳重に見張っているよう釘を刺しておきましたがね」
「例の『宮島を守る会』か?」
「わかりません。奴らのアジトは突き止めましたから、明日行ってみるつもりです」
「アジトって、まるで秘密結社だな……」
「大差ありませんよ、自分達の主張が一番正しいと信じて疑わない連中ですから。だけどそのせいで怪我人や死人を出すなんて、テロリストと一緒だ」
友永の言うことは間違っていないと聡介も思う。
そんな連中を相手に、自分達はどこまでできるだろう? 少しだけ弱気になってしまったのは、近くに和泉がいないせいだろうか。
そしてふと聡介は気付いた。
「おい、友永。お前の考えは今回の事件は痴情のもつれじゃなくて、再開発事業にまつわるしがらみが原因だということか?」
「断定はしませんが、俺自身はその可能性が高いと思っています」
「そうか……お前がそう感じるなら、そうなのかもしれないな」
すると元少年課の刑事は、伸びるに任せたみっともない髪をボリボリと掻き回した。
あんまり期待せんといてくださいよ、とぶつぶつ言いながら彼は椅子に腰かけ、差し入れにもらった甘いミルクティーのペットボトルを開けた。




