石化しちゃった
「あいつとは、桑原さんのことですね?」
「俺のことをバカにしたんです。元々は暴走族のヘッドとしてあれだけ暴れ回っていたくせに、今じゃトンビに油揚げをさらわれた情けないただの普通の人だって。男ですらないなんて」
「具体的に、どういうことなのかお話いただけませんか」
孝太は少し悩んだ末に、答えた。
「俺は、サキちゃん……藤江美咲さんのことがずっと好きでした。でも彼女は他の男と結婚してしまいました……そういうことです」
そのことは以前の事件の時にも少し感じていたことだ。
「それで、腹を立てたと」
「当たり前でしょう?! でも、だからって……」
「宮島の再開発計画については、どうお考えですか?」
急に話が変わったので、相手も戸惑ったようだ。
しかし気を取り直して彼は答える。
「もちろん反対ですよ。海を埋め立てて、山を切り開いてリゾートだのマンションだのって、そんなこと許せる訳がない」
ありがとうございました、と和泉は立ち上がる。
結衣も不意をつかれたようで慌てて立ち上がる。
「また何か、お聞きすることがあるかもしれません。その際はお手数ですが、因島に来ていただくことになるかもしれません」
出て行こうとする和泉に向かって、孝太は言った。
「俺が疑われるのはやっぱり、過去のせいですか?」
「……」
「人殺しこそしたことないけど、大勢の人を傷つけて、怪我を負わせました。そのせいなんですか?」
「前科者を疑うのは捜査の常套手段です」和泉は答える。
「やっぱり、そうなんですね」
「我々に人の心は読めません。真実に過去を悔いて、同じ過ちを二度と繰り返さないようにするのか、また同じ過ちを犯すのか。統計上の話をすれば、一度刑務所を出た人間が再び戻ってくる確率は……かなり高いと言わざるをえません」
少し言い過ぎたか。
和泉は苦い後悔を噛みしめながら、駐車場へ向かう。
まずは聡介に連絡しなければならない。
ポケットから携帯電話を取り出そうとして、車の鍵を落としてしまう。
しゃがんで拾おうとした時、誰かが鍵を拾ってくれた。
「ありがと……あれ、周君?!」
そういえばここでアルバイトをしているんだったっけ。
和泉は頬を緩めて笑顔を見せた。
しかし、周はひどく怒ったような、それでいて今にも泣き出しそうな顔で睨んでいる。
「……どうしたの?」
「最低だな!!」
少年は吐き捨てるように言った。
思わず和泉は手を伸ばし、彼の肩に触れようとしたが、その手は強い勢いで振り払われてしまう。
「あんた達警察は、完璧な正義の味方のつもりなんだろうな! 自分達は絶対に悪いことはしない、だから、一度でも悪いことをした人間は必ずまた同じことをする!! そういう考え方なんだろう?! だから、孝太さんのこと疑うんだな」
「まさか……」
さっき、こちらの話を立ち聞きしていたのは彼なのだろうか。
和泉は周の腕をつかんだ。
「離せよ、触るな!!」
「周君!」
なんと言っていいのかさっぱりわからない。
大きな瞳に涙が溢れる。
「孝太さんは優しくていい人だ! 俺は、警察なんて大嫌いだ!!」
力が抜ける。
和泉は呆然と、走り去っていく周の後ろ姿を見送った。
「……なんですか? あれ」
結衣は眼を丸くしている。
「警官なんて嫌われてなんぼ、ですよね。そんなのは覚悟の上で……ちょっと、和泉さん?
なんで石化してるんです?!」
声が出なかった。
他の誰でもない、周にそんなことを言われるなんて。
頭の中が真っ白だ。
もう他のことは何も考えられない。
もうダメだ……。




