捜査に私情を挟んで何が悪い?!
一時は辞めてしまおうかと思ったが、やはり周はアルバイトを続けることにした。
午前中の作業を終えて一息ついているところへ孝太が声をかけてくる。彼は普段と変わりないように思えた。
「なぁ、昨日のお前の友達って……ほんとに男か?」
孝太は缶コーヒーを二本持っていて、周に一本分けてくれた。
「……なんでですか?」
「いや、男にしておくにはもったいないって言うか……綺麗すぎるだろ」
「孝太さん、そっちの趣味でもあるんですか?」
「そんな訳あるか! 俺は普通に女の子が好きだ!!」
殴るフリで腕を振り上る孝太を、周は笑顔でかわす。
「それよりお前、俺が前に頼んだこと忘れてるだろ?」
何だっただろう? 確かに何か頼まれた気もするが、忘れている。
「俺が昔、世話になった、山城さんていう警察官。今どこでどうしてるのか聞いてくれって頼んだろ?」
「あ……」
「ほら、忘れてる。薄情な奴だよな」
「すみません……」
「まったくな。サキちゃんはあんなに情の深い女なのに、弟ときたら……」
返す言葉もない。
周が悄然と肩を落とすと孝太は笑って、
「冗談だって。悪かったよ、そんなに落ち込むなって」
それよりさ、と彼は弟分の肩を抱き寄せて、耳元に囁くように言った。
「ちょっとだけ、俺の愚痴に付き合ってくれない?」
めずらしいことを言うものだ。
もちろん周に異存はない。
孝太は飲み干したコーヒーの缶を器用にゴミ箱へ投げ捨てた。
※※※※※※※※※
和泉は彼の顔を見てすぐに思い出した。
以前、廿日市南署の元刑事が事件を起こした際に、この若い板前から事情聴取をしたことがある。
「お久しぶり、ですね。その節はどうも」
しかし石岡孝太の方は和泉のことを覚えていないようで、僅かに首を傾げた。
元暴走族のヘッドだったという彼も今ではすっかり普通の大人だ。
和泉自身は前回の事件まで面識がなかったが、交通機動隊にいる古参の白バイ隊員は彼のことを知っていた。
恐れ知らずで、あれほどのバイクの腕があるのだからいっそ交通課にスカウトしたいぐらいだったと言っていた。
今は旅館で板前をしていると言うと、手先も器用だったからな、と笑っていた。
「俺に訊きたいことってなんでしょう?」
彼は怯えた様子も、焦った様子も見せていない。
いずれは刑事が自分のところへ来ると言う、開き直りにも似た表情でもない。
無心。何も考えていないように見えた。
「昨日、桑原圭史郎さんの葬儀にお見えになっていましたね?」
「ええ、古い知り合いですから」
「どういったお知り合いですか?」
「幼馴染み、です。あいつ、本当は生口島に実家があるんですけど、家の事情で一時期宮島にいる親戚に預けられていて、その頃に知り合いました。その後も時々連絡は取り合っていました」
「一番最近、お会いになったのは?」
「……先月か、その前の月ぐらいかな。急にふらっとやってきて、この旅館を取材したいって言いました」
「その時、どんな話をなさいましたか?」
孝太は無言でじっと和泉を見つめてきた。
「刑事さん、はっきり言ってください。俺、疑われているんですよね?」
その時、ちらりと過去に見せたであろう凶暴な光が彼の眼に宿った。
「確かに圭史郎が殺された日、俺はここにはいなかった。具合が悪くて急に休みを取ったりして、俺がどこで何をしてたかなんて、知ってる人間はいない」
和泉は黙って彼に語らせることにした。
「それとも誰か、刑事さんに言ったんですか? 俺があいつと口論してるところを見たとかなんとか」
今のところ、その話は出ていない。和泉は沈黙を守る。
「口論したんですか?」
思わず、と言った様子で口を出した結衣の脇腹を肘で突く。少し力を入れ過ぎたかもしれない。
「元はといえば、あいつが……」
言いかけた孝太は和泉の後ろに誰を見つけたのか、急に口を閉ざした。
事情聴取を行っているのは従業員用に用意されている休憩室だ。そこは他の従業員も出入りする。
しかし、今は休憩時間ではないはずだ。
和泉も振り返る。
パタパタと走り去る足音だけしか聞こえなかった。




