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うさこ再登場

 捜査に進展があったのは今朝早くのことだ。


 捜査本部に一通のタレコミがあった。

 桑原圭史郎を殺害したのは石岡孝太という男だ、という内容。


 彼は元中四国連合鳳凰会という暴走族のリーダーで、今でも昔の悪い仲間たちとのつながりを絶っておらず、どこかに争いの火種を見つけると、暇を見つけては首をつっこんでいく。


 今、目下彼の関心は宮島の再開発事業を巡っての利権争いにある。


 再開発推進派と反対派の間を行ったり来たりし、互いにとって都合の悪い相手を徹底的に痛めつけ、脅している。


 桑原圭史郎の場合、彼は再開発事業を巡っての不正な裏金工作や、反対派の先頭を切っている旅館組合の脱税疑惑など、証拠になるものを多数撮影してしまったため、両陣営のトップから消してもらうよう依頼されたとのことだ。

 桑原と石岡は顔見知りで、それゆえ被害者も油断したのだろう。


 ワープロで書かれた書面にはもっともらしく、石岡孝太犯人説が記載されていた。


 その名前に和泉は覚えがあった。


 以前宮島で、廿日市南署の元刑事が事件を起こした時、関係者の1人として事情聴取をしたことがある。美咲が働いている旅館の板前だ。

 封筒や中身から指紋は検出されなかった。


「悪戯でしょうか、それとも何か根拠があって……?」

 和泉の問いかけに聡介は、わからん、と首を横に振った。

「いずれにしろ、本人に当たるしかないだろう。彰彦、お前に頼む」

「え? 聡さんは……」

「俺はしばらく本部を離れられん。応援は呼んであるから、適当なのを連れて行け」

 その時だった。


「高岡警部ぅ~!!」女性の声が聞こえた。

 がらっ、と会議室のドアが開き、姿を見せたのは……。

「お会いしたかったです、警部!! お久しぶりです!!」

 名前は思い出せない。どこかの所轄の女性刑事だったということぐらいしか。

「よく来てくれたな、うさこ」聡介は微笑んだ。

 

 そうだ。

 ずっと以前、捜査1課に異動したばかりの頃、コンビを組まされた佐伯南署刑事課の稲葉結衣巡査。

 やる気と熱意ばかりが空回りしていて、彼女の暴走を止めるのに苦労させられたことを思い出す。


「応援に呼んでくださってありがとうございます!」

「すまないな、こんな遠くまで……」

「とんでもありません! 高岡警部のためなら、鞆の浦から大竹までどこだって!!」

「早速で悪いが宮島へ向かってくれないか? 詳しい話は彰彦から聞いてくれ」

「承知しました!」

「あの、聡さん。もしかして……」

 早く行け、と聡介は他の刑事達と話を始めてしまった。


 連れて行く『適当なの』とは彼女のことだろうか。

「どーも。お久しぶりですね、和泉警部補」

 聡介に対するのとは明らかに違う態度で、結衣は適当な挨拶をした。


 和泉は胸の内で「覚えてろよ……」と呟き、外に出た。


 車に乗り込み、エンジンをかける。結衣は助手席でタブレットを使って捜査資料を読みこんでいる。

「……髪、切ったんだ」

 和泉は結衣の横顔に向かって言った。

 

 春の頃は確か、肩まである長い髪を一つにまとめていたはずだ。

 しかし今はさっぱりとショートカットになっている。

 うさこと彼女を名付けたのは和泉だが、そのうさこは眼を丸くして、

「よく気付きましたね?!」

「気付くでしょ、普通は……」

「高岡警部はショートヘアがお好きだと聞いたものですから」

 ガセネタである。しかし和泉は黙っていることにした。


「そんなことより、概要を教えてくれませんか?」

 あれから少しは成長したのだろうか? 和泉は運転しながら概要を説明し、結衣は頷きながら一生懸命に話を聞いている。

「要するに、捜査本部は痴情のもつれと見てる訳ですね?」

「横尾管理官の好きなネタだからね」

「和泉さんは、違う見方なのですか?」

「さぁね。君はどう考えるの?」

 結衣は、他に誰の耳がある訳でもないのに、キョロキョロとまわりを見回してから小声で言った。

「実は……捜査2課に学生時代の先輩がいるんです。その人から聞いた話なんですけどね、MTホールディングスっていろいろと黒い噂があるんです。ただ、はっきりとした証拠が掴めないせいで踏み込めないそうなんですよ」

 ふぅん、と和泉は彼女からもたらされた意外な情報に内心で驚いていた。

「再開発事業ってことになると、裏でいろいろ魑魅魍魎が蠢いているんでしょう? ま、クリーンな政治とか企業活動なんてありえないと思いますけど」

「驚いたね……君がそんなふうに考えてるなんて」

「私、この仕事を始めてから相当疑い深くなりました」

 結衣は溜め息をつきながら言った。


 それから、

「あ、そう言えばアンドロイドみたいな刑事さん、姿が見えなかったようですが?」

 おそらく駿河のことを言っているのだろう。

「葵ちゃんのこと? 彼は『宮島を守る会』とかいうのに襲われて、入院したよ」

「えっ……やっぱり……」

「やっぱりって、どういうこと?」

「だってあの刑事さん、かの広静建設の御曹司でしょう? 広静建設と言えば、MTホールディングスに次ぐ、例の再開発計画協賛事業者の筆頭じゃないですか」

 和泉はその時になって、そういえばそうだったと彼の背景を思い出す。

「お気の毒ですね。親のせいで子供がそんな目に遭うなんて。だいたい関係ないじゃないですか、刑事なんだし、どっちかの味方をする訳でもないのに」

 結衣の言葉を聞いてから、和泉は黙って思考の世界に入り込んだ。


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