地雷がわからない
「あら、知り合い同士? だったら悪いんだけど相席でもいい? 混んできたから」
予約した客に相席でいいかと聞くのもどうかと思ったが、ここは口を出すところではない。
周は智哉の顔を見た。彼は快くいいですよ、と答えた。
「よぉ、偶然だな。どうしたんだよ」
「実は……」
「智哉君、久しぶりね」
藤江家に嫁いできて間もないころ、周が彼を家に連れてきたことがある。
初めて見た時は女の子かと思った。華奢で色白で、美少年の条件をすべて整えていた。
「お久しぶりです。お元気でしたか?」
その後は思いの他、話が盛り上がった。
智哉は周と同い年でありながら、空気を読んで大人達に気を遣ってくれて、おかげで楽しい一時を過ごすことができた。
美咲はさきほど孝太に訊きかけたことを忘れてしまっていた。
結局、美咲が運転して全員を広島まで連れて帰ることになった。
孝太を先に送り届け、智哉を下ろした後は、周と二人きりになった。
「友達って、孝太さんのことだったんだ……」
助手席の弟は不機嫌そうにぼそっと呟いた。
いったい何が気に入らないのだろう? 美咲には時々、彼の地雷が理解できない。
「そうよ。孝ちゃんも私も、こないだ亡くなられた桑原さんのことを知ってたから、一緒にご葬儀へ行ったの」
ふぅん、と窓枠に肘をかけ、周は外を見たまま言った。
「それにしても、びっくりしたわ。まさか、あんなところで周君と智哉君に出会うなんてね。有名なお店なのね」
返事はない。かまわずに美咲は続ける。
「おいしいお店だったわね。若女将も綺麗な人だったし」
時々ぎょっとするような言動をする女性だったが、根は悪くないのだろう。
「俺、もう二度と行かなくていい」
「あら、どうして?」
「あの若女将、あまりにも無神経過ぎるだろ?! 古い知り合いだかなんだか知らないけど、昔のことやたらに持ち出して、孝太さんも笑ってたけど、何度も警察の世話になったような話なんて……俺達、他人の前でする話じゃない!!」
確かに小松屋の若女将で孝太の古い知人だという女性は、暇を見つけては席にやってきて昔話に花を咲かせていた。
周の言うとおり、孝太本人を前にしてあれこれと、外聞を憚る話を繰り広げていた。
この子は、他人の気持ちを自分の感情のように思いやることができる子だ。
「そうね……だからきっと、今頃は旦那さんにこってり絞られてるわよ」
「旦那さん?」
「カウンターの中にいた板前さん、きっとご主人よ」
周はどうだか、と鼻を鳴らした。
「あんなふうに自分の女房をやりたい放題にさせておいて、ちゃんと叱れるのかよ」
「実は周君達が来る前もあんな感じだったの。だけどその都度、ご主人はしっかり叱っていたわよ。若女将もその都度反省はしてたみたいだけど、懲りないっていうか……その内お客さんも増えたから、そこまで手が回らなくなったのね。それに、やっぱり懐かしい顔に会えて嬉しかったんじゃないかしら……」
もういい、と周は黙りこんでしまった。
結局、機嫌は直らないまま。
美咲が次に何と話しかけようかと悩んでいるうちに、自宅へ到着してしまった。
鍵を開けて出迎えてくれる猫達をかまっていると、不意に周が口を開いた。
「義姉さんて、孝太さんのことどう思ってるの?」
「え……?」
「いや、なんでもない。やっぱりいいや」
周はそのまま自分の部屋へこもってしまった。