どこかで見た顔
生口島を出る頃にはまだ日は高かったが、しまなみ海道を走っている内に夕暮れが訪れた。
美咲が海に沈む夕日の美しさに見とれていると、
「ちょっと早いけど、今朝話した店に行ってもいい? 人気あるから早めに行かないとすぐ満席になるんだよ」孝太が言った。
同意し、携帯電話を取り出して車窓の景色をカメラに収める。
孝太の知り合いが経営しているという店は、立地条件も良く、外観も気軽に入ることのできる造りだった。
小松屋と看板の出た店の暖簾をくぐると、いらっしゃいませ! と威勢の良い声に出迎えられる。
人気の店だという話は真実で、まだ営業が始まってそれほど経過していないだろうに、席は半分ほど埋まっていた。
「よぉ、久しぶり」
孝太は盆を手に出迎えてくれた若い女性に声をかけた。
年齢は恐らく、自分達とそう変わらないだろう。美咲はふと、その女性の顔をどこかで見たような気がした。
「……?」
しかし相手は孝太を見てもすぐにはピンとこなかったようだ。
「忘れたのか? 俺のこと。孝太だよ、石岡孝太」
「孝太……あぁ! 中四国連合鳳凰会の!!」
どこかの指定暴力団かと思うような名詞を出して、女性は嬉しそうに言った。
おそらく彼が昔所属していた暴走族の名前だろう。
孝太は顔をしかめて、気まずそうにまわりを見回した。幸い、彼女の声に反応した客はいない。
「やめろよ、それ。昔の話なんだから……」
「あはは、ごめん! やっと思い出した。来てくれてありがとう」
女性はちらりと美咲を見ると、
「孝ちゃんの奥さん?」
「違うって。俺はまだ独りだし、彼女は人妻」
「えーっ?! じゃあ、不倫旅行なの?!」
たぶん、悪気はないのだろう。何も考えていないだけで。
「おい」カウンターの中から板前の男性が女性を呼んだ。整った顔立ちをしているが、今はかなり怒った表情をしている。
たぶん二人は夫婦だろう。
女性はなに? と脳天気に板前の元に向かうと、バシッと頭を叩かれていた。
「痛いっ! 何すんのよ?!」
「すみませんね、お客さん。こいつ、悪気はまったくないんですけど……同時に常識と気遣いってやつが欠けてるもので」
女性はブツブツ言いながらも、こちらへどうぞと席へ案内してくれた。
「どういう知り合いなの?孝ちゃん」
「昔……俺が16とか17の頃にな、共通の知人を通して知り合ったんだ」
「彼女もバイクに乗ってたの?」
孝太はおしぼりで手を拭きながら苦笑した。
「違うよ、バイクの後ろに乗っかってただけ」
ふぅん、と美咲は首を巡らせて板前とその妻の様子を見た。
しっかり者の夫と、脳天気な妻。仲の良い夫婦に見える。
「なぁ、サキちゃん。こないだの話だけど……」
孝太が言いかけた時、さきほどの女性が席にやってきた。注文していないのにビールが運ばれてくる。
「これ、あたしの奢り。板長がね、サービスするって言ってくれたよ」
「あ、でも俺……車だから」
すると女性は眼を丸くして、
「うそっ?! 孝ちゃんたら、すっかり真面目になっちゃったの?!」
孝太は再び顔をしかめ、今度はカウンターの中からお玉が飛んできて女性の頭を直撃する。漫画の一コマを見ているようだった。
「私が運転するから」
美咲が言うと、彼はそれなら、とビールをコップに注いだ。
メニューを見て適当に料理を注文する。価格は良心的で、和食中心なのが嬉しい。
「こないだサキちゃん俺に、昔の仲間とは、もう縁は切れてるのかって聞いたよな?」
いきなり孝太が言った。険しい顔付きをしている。
「なんでそんなこと訊いたんだ?」
「それは……」
美咲は俯き、ワンピースの裾を掴む。
「何か俺のこと、疑う事情でもあるの?」
その時だった。
店の入り口の開く音がして、歓迎の声が飛ぶ。
「予約した篠崎ですけど……」
どこかで聞いたような声。急に孝太の顔つきが柔和になる。
美咲が振り返ると、
「義姉さん……」
なぜかそこに周が立っていた。連れの少年が、弟の友人であることは知っている。
「周君、どうして?」