去る者日々疎し
智哉とは尾道駅前で落ち合った。
午前中彼は塾があるということで、二人が会ったのはちょうど午後3時ぐらいだ。
母親のお遣いは既に済んだというので、まっすぐお土産を買いにワッフルを売っているカフェに向かうことにした。
周の記憶と、今の尾道駅前はすっかり様子が変わっている。
しまなみ海道の開通に伴い駅前の開発工事が行われたらしい。
整備された海岸沿いを歩いていると、どこかのテレビ局が撮影にきていたのを見た。
テレビで見る芸能人もいる。しかし二人ともミーハーではないため、さっさとその場を後にした。
ところでせっかく来たのだから千光寺山にでも昇るか、と二人はロープウェイに乗ることにした。
山頂から眺める尾道水道の景色をカメラに収め、帰りは自力で降りることにした。
細く狭い道を歩いていると時折、野良猫とすれ違う。
義姉が喜ぶだろうと思って周は何枚か猫の写真も撮った。
ちょうど山を降りたところ、ロープウェイ乗り場のすぐ傍に目的地であるカフェがあった。
ここが智哉の目的としていた店らしい。
なるほど確かに、高校生男子が一人で入るにはかなり勇気がいる店内だった。
女性客が多く、スタッフも全員女性だったからだ。
とはいうものの、涼しい店内で椅子に座ると、それだけでホッとした。
「ごめんね、付き合わせて」
智哉はハンカチで汗を拭きながらそう言った。
「いいよ、俺も暇だったし。それに、ちょっと話したいことがあったんだ」
「どうしたの?」
周はおしぼりの入っていたビニール袋を丸めて言った。
「誰が嘘を言ってて、誰がほんとのこと言ってるのかって、どうしたらわかるのかな」
「何? それ……」
周は智哉に、最近あったいろいろなことを思い切って話してみた。
特に兄から和泉には近付かないよう言われたこと。
幼い頃からの友人はアイスコーヒーを飲みながら、黙って話を聞いてくれた。
「俺、和泉さんのことは変な人だけど……いい人だと思うんだ。でも、賢兄が嘘をついてるとも思えないし、どうしたらいいのかわからなくて」
特に昨夜、兄が言ったことは意外すぎて戸惑った。
てっきりもっと強く、どうして僕の言うことが聞けないんだと、叱られるのだと思っていたから。
「……僕、親が離婚してるからわかるんだけど……」
智哉は窓から外を眺めつつ言った。
「最後は結局、血のつながりなんだよね。夫婦は別れたら赤の他人だけど、親子の縁は切れないだろ? 兄弟だってそうだよ。自分の家族のことを悪く言われたら気分が悪くなるのは、そういうことなのかなって。僕も時々父親と会うんだけど、母親の悪口を言われたらムカつくし……」
周は思わず友人の顔を見つめた。
「賢司さんが周に言うことは全部、君の為を思ってのことだよ。僕はそう思うな」
「うん……」
「もう、この世にたった一人の肉親同士なんだから。君が賢司さんのこと信じてあげなくてどうするの?」
「でも、でもな、智哉。和泉さんて、血のつながってない職場の先輩のこと『お父さん』て呼んで、その人も和泉さんのこと、ほんとの息子みたいに可愛がってるんだ」
智哉は不思議な笑顔を浮かべた。
「なんでわざわざ、振り出しに戻すの?」
ごめん……と周は俯いた。
「警察の人達って、一般市民からは私生活でも正しいことをする人達だって思われてるから、かなりストレス溜まるみたいだよ。そりゃそうだよね、交通違反してる人に罰金なんか払いたくないし、悪いことしてる人に捕まりたくなんかない……だから表向きはあくまで品行方正、聖人君子なんだよ、彼らは」
「……」
「そんなだから、裏じゃ何してるかわからないよ。マスコミが警察官の不祥事を喜んで扱うのは、皆が彼らを嫌ってるからさ。僕もその一人だけどね」
智哉はやはり、今でも変わっていないのだ。
店員がお土産用に注文したワッフルを持ってきてくれた。
「ついでに言うと、あの人達って地方公務員だから転勤が多いんだって。周がいろいろ悩んでるうちにどこかへ引っ越しちゃって、それきりになるかもね」
俺は間違っていたんだろうか……?
間違えたとしたら、何をだろう。
兄の言うことを信じるか、和泉を信じるかで悩むことか?
それとも、智哉に相談したことだろうか。
わからなくなってきた。