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できの悪いお嫁さん

 元暴走族のヘッドだっただけにその運転はひどく荒っぽい。


 少しでもトロトロと運転している県外ナンバーを見かけると、背筋がヒヤリとするような追い越しをかけ、無理に割り込んできた車がいると、ぶつかるのではないだろうかというほどに迫って行く。


「孝ちゃん、お願いだからもう少しスピードを落として……」

 助手席の美咲は耐えられなくなって、ついに孝太に向かって言った。

「ああ、悪い。つい……」

 彼はアクセルを緩め、ホッとできる速度にまで落としてくれた。


 美咲が先日亡くなった桑原圭史郎と知り合ったのはつい最近のことだ。彼はどういう知り合いなのかは知らないが、孝太の顔見知りだった。


 ある日ふらっと旅館を訪ねてきて、美咲に取材をしたいと申し出てきた。

 旅館のいい宣伝になるからと、それを受けて取材に応じているうちに、彼はいつしか宮島の再開発事業計画の話を持ち出してきた。


 その話はもう何か月も前から出ており、美咲自身は反対だったが、伯父を始め旅館全体では態度を決めかねていた頃だ。

 桑原自身は反対を推していると言った。


 自分は宮島を守るために反対運動に参加し、この件を継続的に取り上げて行くとも。新聞記者ならではの情報収集力を駆使して、美咲達には知り得ない様々な情報をもたらしてくれた。


 もしかして……と思う。

 彼は何か重大なことを知り過ぎたために『消された』のではないだろうか。


 そこまで考えて美咲はふるふる、と首を横に振った。

 それを考えるのは警察の仕事だ。


「サキちゃん、式が終わったら真っ直ぐ帰る?」

「どうして?」

「途中で尾道を通るだろ? 駅前で知り合いが店やってて、一度は顔を出せって言われてるんだけど……なかなか機会がなくてさ。サキちゃんさえ良かったら付き合ってくれないかな?」

 そうなると帰りが遅くなるな、と考えた。


 しかし、確か周も今日は出かけると言っていたし、賢司は放っておいても何も問題はないだろう。心配なのは猫のことぐらいだ。

「いいわよ。でも、猫ちゃん達が心配だからあまり遅くならない方がいいな」

「……周と、旦那さんは?」

「周君は出かけるって言ってたし、賢司さんなら……どうだっていいわ」

 ひでぇ嫁さんだな、と孝太は笑う。

「そうよ、私って出来の悪いお嫁さんなの」

 孝太は困った顔をして黙ってしまった。

 余計なことを言ってしまった、と少しだけ後悔する。


 その後は二人とも黙ったまま、目的地である葬儀会場へ到着した。


 受付で名前を記入し、美咲がふと顔を上げると、見知った顔と目が合った。

 確か駿河の同僚で友永という刑事だ。


 相変わらずだらしない格好をしているが、眼つきだけが妙に鋭く、やってきた弔問客をくまなくチェックしているようだ。


 葵さんの様子はどうですか?

 喉元までせり上がってきた台詞を飲み込み、美咲は会場に入る。


 向こうだって仕事中なのだし、今はすぐ傍に孝太もいる。

 彼は事情を知っているとはいえ、そのことがもしも周の耳にでも入れば、賢司にも知られてしまうかもしれない。

「サキちゃん、俺ちょっと……」

 孝太は少し離れた場所で呆然と座っている女性に声をかけにいった。


 おそらく母親だろうと思われる。すっかりやつれて血の気を失った顔色である。


 ふと美咲は喉の渇きを覚え、どこかに自動販売機はないかとまわりを見回した。

 

 すると、あの友永という刑事がニカっと笑ってこちらに手を振っているのに気付く。

 こっちこっち、と手招きをする彼の元へ急いで近付く。


「奴ならピンピンしてますよ」友永は内緒話をするように、こそっと小さな声で言う。「骨にひびが入ったんで、普段通り仕事って訳にもいきませんけどね」

 ありがとうございます、と言おうとして声にならなかった。

 相方であろう刑事が彼を呼びにきた。


 それじゃ、と友永は慌てて去っていく。

 涙が出てしまいそうだった。


 それから告別式が始まる。

 美咲はふと、参列者の中にどこかで見た顔を見つけた。


 知り合いと言う訳ではない。おそらく旅館の客だったか、もしくはテレビや雑誌などで顔を見たというぐらいだ。

 誰だっただろう……?


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