熱中症に注意
今日も朝からよく晴れていて気温が高い。
孝太は近くの、今時ほとんど見かけなくなったレトロな喫茶店に連れて行ってくれた。二人ともアイスコーヒーを頼んだ。
孝太も美咲と同じぐらい長くあの旅館で働いており、ベテランの1人に数えられる。
古くからいるだけにいろいろなことを知っていて、旅館の仕事の大変さや楽しさ、人間関係などを面白おかしく教えてくれた。
周は笑いながら彼の話を聞き、それからふと思い出して訊ねてみる。
「あの、朋子っていうお局なんですけど……」
その名前を出すと孝太はニヤリと笑う。
「なんだ、さっそく突っかかられたのか?」
「……俺、何も悪いことした記憶がないんですけど」
「気にすんな。あれはもう、病気だ」アイスコーヒーを啜りながら彼は言った。
「病気……?」
「お前さん、サキちゃんの弟だろ」
「正確には義理の、ですけど」
すると孝太はなぜか微妙な表情を見せた。
それから、
「……義理でもなんでも、サキちゃんの味方をする人間は全員敵なんだよ、彼女にとってはな」
「何ですか? それ」
「昔からある図式だ。そういうもんだと思っておけばいい」
よくわからない。けど、要するに近付かなければいいことだけは分かる。
下手に相手をしない方がいいということも。
「そろそろ戻るか」孝太が伝票を取って立ち上がる。
周はポケットから小銭入れを取り出そうとしたが、いいから、と止められる。
礼を言ってふと、喫茶店の窓から外を見た瞬間。
周は外を歩いている意外な人物に気がついてしまった。
なんであいつが……?!
周は思わず背の高い孝太の後ろに隠れた。
「……何やってんだ?」
義姉のストーカー野郎。名前は確か、駿河なんとか。
あいつがここにきているってことは何か事件が起きたのだろうか? でも、一人しかいないように見える。
「あれは……」
「早く戻ろう、ね?」
周は向こうに気付かれないよう、孝太の後ろに隠れるようにして妙な格好で歩いて旅館に戻る。
戻ると今度は駐車場の掃除を命じられた。
「周君、これ持って行って」
美咲が駆け寄ってきた。凍らせたペットボトルのスポーツドリンクと、つばの広い麦わら帽子。
え、これ被らないとダメ?
確かに外は暑い。熱中症にならないようにとの心遣いだろう。
周は礼を言って駐車場に向かう。悪いが帽子は遠慮させてもらった。
落ち葉を掃いたり雑草を抜いたりしている間も、暑い夏の日差しが容赦なく照りつけてくる。
周は昔から一つのことに集中すると他のことが何も見えなくなるタイプだ。
一生懸命草取りに夢中になっている内に、段々と調子がおかしくなってきた。
気のせいかな? なんか眩暈が……。
「……か……しっかり……」
誰かの声が聞こえる。
「あんまり大丈夫じゃない……」
誰か知らないが、周はつい本音を吐いていた。
暑いし、気持ち悪いし、頭がクラクラする。しかし脇の下に差し入れられた冷たい感触が気持ちよく、ふーっと息をつく。
「ちゃんと帽子を被らないからだ」
どこかで聞いた声だ。
この、銀行ATMみたいなしゃべり方は……。
周ははっと我に帰った。
そして気がつくと、よりによって義姉のストーカー野郎の腕に抱きかかえられていた。元気なら、飛び跳ねてその場から離れるところだが、今はそんな気力がない。
「暑い……」
「そうだろうな」
彼は周を抱き上げて、駐車場から日蔭に連れて行ってくれた。
ポケットから取り出したハンカチで額の汗も拭いてくれる。
周は鈍い動作でだいぶ融けたスポーツドリンクを一口飲み、それで少し落ち着いた。