再開発事業にからむ利権
『宮島を守る会』でインターネットを検索するとすぐに該当がヒットした。
どうせ大人しく横になっていないだろうから、と和泉がノートパソコンを差し入れてくれた。
適当を絵に描いたような人間だが意外と気がきく。
県は来年度を目途に、宮島の再開発事業を計画しているらしい。
宮島周辺海域を埋め立て、目新しい観光スポットとなる一大リゾートを建設する事業計画が出ている。それに反対する漁業関係者やフェリー運航会社、地元民達が集まって何度か県庁の前で抗議活動をしたり、署名活動が展開されているとのことだ。
確かに埋め立ては水質汚染の心配があるし、多くの自然が破壊される。
どんな事業でもそうだが必ず利益を得る人間とそうでない人間との間の軋轢が生じるものだ。
駿河は過去に一度、そう言った事業計画の利益を巡って起きた殺人事件の捜査に関わったことがある。
事業計画について展開しているサイトには、各界の著名人が意見を寄せている。
その中に駿河は高島亜由美の顔写真を見つけた。
彼女の意見が書き込んであった。
外国人観光客に大人気の宮島だが、広島にはもっと素晴らしい島がたくさんある。
宮島と他の島々を一本の道路でつなぎ、観光客がそちらへ流れていくようにするのはどうか。そうなれば県全体の活性化につながり、東京にも負けない一大都市と化することになる。
そもそも今、宮島は過疎化しつつある。
若い労働力が島に入り、そうして人口が増えて行けば、今以上に活性化することだろう。
そう上手くいくものか。
そんなのはただの机上の空論に過ぎない。
美咲はきっと心配していることだろう。こんな計画が実施されれば必ず、既存の旅館や商店、地元住民は立退きを要求されるはずだ。
開発内容の中にはリゾートマンション建設計画も入っていた。
山を切り開き、マンションを建て、病院や学校、ショッピングモールを建てる、一つの都市化計画である。
あまりにも無謀な計画だ。
駿河はそのサイトを見て回っている内に、自分の父親の顔を見つけた。父親が有名な一級建築士と対談している。
宮島も京都に続き、日本の古いものと新しいものの良い部分を融合させて、日本一の観光都市を目指すべきだといったような内容だ。
『宮島を守る会』はそんな無謀な計画を阻止すべく立ち上がった組織である。
代表を務めるのは斉木晃という若い男性である。地元産まれ、地元育ち。
宮島で古くから旅館業を営んでいる家に産まれ、現在はその旅館で社長をしている。
顔写真が載っていたが、柔和な顔立ちで、いかにもお坊っちゃま育ちな感じだ。
県内外の人達から寄せられたコメントは、反対派を支持する意見が9割、賛成派を支持する意見が1割である。
それにしても……スパイとはどういうことだろう?
駿河自身はそんな再開発計画も、反対運動のことも知らなかった。
そして彼らは『あの女の回し者』という言い方をした。その女とは間違いなく高島亜由美のことだろう。
しかし駿河は、高島亜由美には一度も会ったことがない。
前のホスト殺しの事件の折も名前は聞いたが本人とは面識がない。
「よぉ、生きてるか?」
ドアが音を立てて開いたかと思うと、友永と日下部が顔をのぞかせた。
「災難だったな、怪我の具合はどうなんだ?」
まともなことを聞いてくれたのは日下部の方だった。
身体が大きいくせに気は小さく、グラビアアイドルが大好きなくせに、女性と接するのは苦手だというこの刑事は、異動してきたばかりの頃こそやる気があるのかないのか疑わしかったが、最近はまともになってきた。おそらく上司のせいだろう。
「たいしたことはありません、少し骨にひびが入ったぐらいで」
たいした怪我じゃねぇか、と彼は手近にあった椅子に腰を下ろす。
「宮島を守る会……ねぇ」
いつの間にか友永がパソコンの画面を覗いていた。
「突飛なことを考える人間もいるもんだよな。宮島を今さらリニューアルしてどうすんだよ? そんなことしたら、平清盛が泣いちゃうぜ?」
「その、守る会の人間に襲われました。あの女のスパイだとか何とか言って」
「あの女……?」
「おそらく、高島亜由美のことだと思われます」
「ああ、あのお色気オバさんか。お前さん、個人的に知り合いなのか?」
「そんな訳ありません」
だろうな、と言って友永はベッドの端に腰かけた。
それからじっと、何か言いたげに駿河の顔を見つめてくる。
「……何ですか?」
「いや、ほら……いろいろ心配してる人がいるんじゃないかってさ」
「おかげさまで。美咲の弟が世話を焼いてくれました」
友永は駿河のいろいろな事情を知っている。
和泉とはまた別の意味でいい加減な人間に見えるが、実はあれこれと仲間達のことに気を遣ってくれていることはわかる。
「なんだ、そうか! それなら良かった……」
「うちの班長は高島亜由美と、一緒に生口島へ来ていた若い女が怪しいって考えてるみたいだぞ。どっちの女も被害者と深い関わりがあったみたいだ」
日下部が言った。
「痴情のもつれですか?」
「いや、もつれるほど長い付き合いでもなさそうな……ねぇ、友永さん?」
「お前みたいな堅物には理解できんだろうが、どっちもアバンチュールってやつだ。一夜限りの関係でな、旅先ではよくあることだ」
「……それが殺意につながるのですか?」
友永の言う通り駿河には理解できない。
だが、班長が怪しいと睨んでいる限り、きっと何かあるのだ。
「ま、人殺しの理由はいろいろさ」
そう言ってしまえばおしまいだ。
「ついでに言うと、高島亜由美ってやつは谷原本部長の顔見知りなんだそうだ」
それが現在の県警トップである人物の名前であることを駿河は知っている。
「つまり、捜査に横槍が入る可能性があると?」
友永は肩を竦めた。
「ま、結論から言うと、この帳場は案外長引くぞってことだ」
「……被害者の葬儀にはどなたが?」
「俺と本田さん。何だったら生中継してやろうか?」
友永は冗談のつもりで言ったようだった。
が、駿河はお願いします、と答えた。