情けは人のためならず
和泉はそれほど待たせずすぐに待合室へ来てくれた。駐車場へ向かうと、和泉の愛車が待っていた。
車はしまなみ海道に乗り、尾道方面へ向かっている。
道は比較的空いていてスムーズに走っている。
今日も快晴で、車窓から見える海の景色が何ともいえず美しい。
「そういえば高岡さんは?」
和泉が一人でいるのはめずらしい。
「金策に走ってるっていうのは冗談で、何しろ人手が足りないものだから、あちこちから人員をかき集めていろいろと指示を出したりね。何しろ肝心の指揮官があまり役に立たない……って僕が言ったなんて、誰にも言わないでね……そんなわけで、今は一人で行動せざるをえないわけ」
どこの職場もいろいろと大変なようだ。
「それより、ありがとうね。葵ちゃんに親切にしてくれて。仲間としてお礼を言うよ」
前を向いたまま和泉が言った。
うん……と周は曖昧な返事をして眼を逸らす。
「周君は、葵ちゃんと仲が良いんだね」
仲が良いのだろうか? よくわからない。
「でも俺、なんでこんなことしてるのか自分でも不思議……」
「いいんだよ、情けは人のためならずってね。周君の親切はいつか必ず報われるよ」
周は驚いて思わず言ってしまった。
「和泉さんでもまともなこと言うんだね」
「……」
もしかして怒ったのだろうか?
少しの時間、沈黙が降りた。
「ちょっと寝ていい?」
周はリクライニングシートを倒した。
「いいよ。もっともすぐ隣で無防備な可愛い寝顔をさらされたら、信号待ちの間にキスしちゃうかもしれないけどね」
がばっ。慌ててシートを起こす。
和泉はくすくすと笑いだした。
「周君はほんとに見ていて飽きないなあ。面白いっていうか、可愛いっていうか」
「俺はあんたの玩具じゃない!」
「あ、なんかいやらしい響きだなぁ、それ」
もう黙っていよう。
周は口を閉じた。黙っていると本当に眠くなって、いつしか眠りに落ちていた。
気がつくと車窓に見慣れた広島市内の風景が広がっている。
「そろそろ着くよ」
はっと目が覚める。
ふと腕時計を見る。午後2時近くだ。
「そういえば、すっかり忘れてたけどどこかでお昼ご飯食べる?」
「そうですね……」
その時、たまたま道路の脇に藤江製薬グループが展開しているドラッグストアの看板を見つけた周は、兄の言葉を思い出してしまった。
二度と和泉には近付くな……。
「あ、やっぱりいいです。俺、そんなに腹減ってないし」
和泉は黙ったまましばらく前を見ていたが、不意に、
「お兄さんに何か言われた?」
「え……?」
「僕にあまり近付かないように、とかね」
どうしてわかってしまうのだろう?
周が何も答えられないでいると、和泉はくすくすと笑いだした。
「僕が実は美咲さんのことを狙っていて、君に近付いたのは利用するためだとか何とか言われたのかな?」
その通りだ。
「確かに美咲さんは素晴らしい女性だよ。僕はあんな素敵な女性に出会ったのは、人生で二度目だな」
「……一度目は、別れた奥さん?」
和泉は眼を点にして助手席の方を振り返る。
前を見ろ、前を。
違うよ、と彼は再び笑う。
「じゃあ……元カノとか」
「ま、当たらずとも遠からずかな」
楽しそうに言って和泉は車をマンションの駐車場に入れた。
周は礼を言って車を降りる。
「ねぇ、周君」
和泉は運転席の窓を開けて、エントランスに向かう周に声をかけてきた。
「何を信じるか、誰の言うことが真実かを見極めるのは君自身だよ。少なくとも僕は君に嘘を言ったり、騙して利用しようなんて少しも考えていない」
だったら兄が嘘をついているということか?
「僕は、周君のことが大好きだよ」
その言葉をどう解釈していいのか、周は悩んだ。
「美咲さんのことも好きだよ、尊敬してる。僕が君に語る真実はそれだけだ」




