桃色吐息な
「それはどうも。けど、そんなことはどうだっていいです」
僕はそれほど女性に興味がありません、などと言えば話が逸れるだろう。
「再開発の話をね、あれこれ尋ねられたんです」
「再開発?」
「ご存知ないのね。毎日人殺しばっかり追いかけておられると、経済には関心を持てなくなるのかしら?」
「宮島の……再開発計画ですか?」聡介が訊ねる。
亜由美は嬉しそうに顔を綻ばせた。
「ええ、そう。彼、随分と熱心にいろいろ聞いてくれましたわ。今度、私の話を新聞で取り上げてくれるっていうから、それこそ一晩中語り合いました。宮島の、もっと言えば県全体の活性化についてね」
「ベッドの中で、ですか?」
艶やかな色に輝く唇がニッと笑う。
「ええ、そう。だって雪奈ちゃんが彼のこと、あんまりこぼすものだから……ついでに私が、もっと女性を悦ばせる方法を文字通り、手取り足取り教えてあげたんです」
和泉は横目でちらりと父親の顔色を伺った。
そうして、聞こえないように胸の内だけで溜め息をつく。
どうせこういう方向に話が進むことは予測できていた。
すっかり固まっている聡介のことは放っておくこととして、和泉は続ける。
「再開発となると、地元住民の反対運動や抗議活動が起きるでしょうね。桑原さんは要するに、賛成派の1人としてあなたに意見を聞きにきたということですか」
「彼は地元住民じゃありませんし、新聞記者ですから中立の立場だと思いますけど」
亜由美は飲み干したアイスティーのグラスを下げるよう、若い男性に命じた。
「しかし、彼はあなたに骨抜きにされて、再開発を擁護するような記事を書くと約束したんじゃありませんか?」
「ふふっ、たかが地方新聞の一記者にどれだけの力があると思うんですか?」
その口調には明らかな侮蔑が込められていた。
聡介の分のガムシロップも自分のグラスに入れてかき混ぜ、甘過ぎるアイスティーに口をつけながら、和泉は応えた。
「たとえばその、たかが地方新聞の一記者が、あなたに関してとんでもないスキャンダルを掴んだとしたら?」
「……スキャンダル?」
「彼はカメラを持ち歩いていたはずなのですが、見つからないのです。もしかしたらそこには何か重大な何かが映っていたのかもしれない……」
亜由美は脚を組み替え、そうしてうっすらと微笑んだ。
「つまり、私……ううん、私達をお疑いなんですね?」
「被害者を知っている人間は全員、疑いの対象です」
「特に深い関係になった人間ならなおさら、かしら?」
急に亜由美は立ち上がると「雪奈ちゃん!」と、アルバイトの学生を呼んだ。
小倉雪奈はなぜか青い顔をしてリビングにやってくる。
「あなた、何枚か彼に写真を撮ってもらったって言ってたわよね?」
「……はい」
「まさか、裸の写真じゃないわよね?」
雪奈は真っ青になって首を振る。
「違います! そんなのじゃありません!!」
「あなたも来年は就活生だものね。そんな写真、ネットにでもばら撒かれたら大変だわ」
この女は自分に対する疑いの目を、若い従業員に向けさせようとしているのか。
「そういうあなたはどうなんです? 彼とお楽しみのところを、動画にでも撮られていたら困るんじゃありませんか?」
高島亜由美はくすくす笑いながら、目だけは射るように和泉を見つめる。
「私はそんなヘマはしません」
だろうな、と思う。
「ねぇ、刑事さん。ところで……谷原さんはお元気?」
タニハラって誰だ? 和泉にはすぐにピンとこなかったが、聡介はハッと思い当たったらしい。
「……少なくとも病気だという話は聞きませんね」
「お会いする機会があったら、よろしく伝えてください」
聡介は苦い顔をして、行くぞ、と和泉の背中を押す。どうしてですか、とは聞かなかった。何かあるらしいことはすぐに察知できるからだ。
外に出ると暑い空気が襲ってくる。
「……吐き気がする……」
歩きだして少ししてから、聡介が言った。
「僕もですよ。ついでに眩暈も……」
「熱中症か?」
「あの女の毒気に当てられたんですよ。まるで、毒蜘蛛の巣にでも入ったみたいな気分でしたね」
「……確かにな」
「ところで聡さん、谷原さんてどなたですか?」
「今の県警本部長だろうが」
そうだったっけ……?
「今日のところは少し、勇み足だったな。もう少し証拠を固めないと」
そうですね、と同意を示しつつ、聡介は今後あの高島亜由美という女には関わらない方がいいだろうと和泉は思っていた。
その時、聡介の携帯電話が鳴り出した。