お色気オバさん
「あら、エアコン効いてませんか?」
聡介を見たオーナー夫人が言った。
その後、ペンションを出てから二人は迷うことなく高島亜由美の別荘に向かった。
小高い丘の上、瀬戸内海を一望できる眺めの良い場所に建っているが、そこだけが洋館の雰囲気で微妙にまわりの景色とマッチしていない。
インターフォンを押すと返事があり、中から若い女性が出てきた。
ペンションのオーナーが言っていたことは本当だった。おそらく彼女が『ユキナ』なのだろう。丈の短いタンクトップに、ショートパンツ。
小麦色の肌を露出した彼女の髪は金色に染まっていた。
何年か前に流行った山姥のような化粧こそしていなかったものの、素顔がまったく想像できないほど飾り立てられている。
聡介が呆然としているので和泉が質問をすることにした。
警察手帳を示すとぎくり、と顔を強張らせる。
「昨日のことなら、ちゃんと亜由美さんが示談にしてくれたんですけど?」
「昨日のこと?」
「えっ、違うの……?」
和泉は苦笑して、それから盛り過ぎた睫毛に隠れている瞳をじっと見つめる。
「こんな静かな島に、何かと問題の種を撒いてるみたいだね。名前と住所は?」
「……小倉、雪奈……広島市東区……」
「この男性を知っているね?」被害者の写真を見せる。
雪奈はちらりと見ただけで知ってる、と答えた。
「付き合ってた?」
「そんなんじゃないわ、別に。向こうが私達のこと取材したいって声をかけてきて、それでなんとなく意気投合して、一、二回ほど……」
「夜を共にした、って訳だね?」
キラキラ光る装飾を施した長い爪をいじりながら、雪奈は吐き捨てるように言った。
「そう。でもこいつ、サイテーだったわ!」
「どうして?」
「下手だし、おまけに話すことって言ったら亜由美さんのことばっかり」
「下手って、何が……」
聡介が口を出しかけたので、和泉は急いで彼の襟首を捕まえて後ろに下がらせる。
このオジさんは本気でわかっていない。
「なるほどね、だから『そんなに亜由美さんがいいなら本人に聞いたらいいじゃない』って訳だ?」
さきほどのペンションで聞いた話を引用すると、彼女は不満げな顔をした。
「その亜由美さんは、やっぱり絵を描いたりデザインをしたりする訳?」
「しないわよ。あの人、まったく絵心ないもの」
「じゃあ、この彼は本当のところは何が目的だったのかな?」
知らないわよ、と返答がある。
「それこそ亜由美さんに訊いてみた方がいいのかもね。今、いる?」
和泉は雪奈の肩越しに中の様子を伺った。
その時、後ろで車のエンジン音が聞こえた。
「あら、いつかの刑事さんたちじゃありません?」
頭上から女性の声がした。見上げると2階のベランダから高島亜由美がこちらを見下ろしている。
「どうぞ、上がっていらして。今お茶を淹れますから」
和泉は聡介を見た。異論はない、と黙って頷く。
小倉雪奈は身を翻して中へ入っていく。
和泉はちらりと彼女の足首を見た。シルバーのアンクレット。安物なのかそうでないのか見当もつかない。
高島亜由美は身体の線がくっきりと分かるワンピースを来て、肩に薄い紫色のストールを羽織っていた。年齢はおそらく聡介とそんなに変わらないだろう。
時々テレビに、何年経っても外見が変わらない女優が出ているが、あれと同じだ。決して若くはない。若く見せるように努力はしているけれど。
「そろそろお見えになる頃だと思いましたわ」
彼女の連れてきたアルバイトの学生と思われる、若い男性が盆にアイスティーを乗せて運んでくる。
広くて陽当たりの良いリビングに通され、ふかふかのソファに向かい合って座る。
「圭史郎ちゃん……桑原さんのことでしょう?」
亜由美は脚を組んで、刑事達にアイスティーを勧め、自分もグラスを手に取った。彼女の足首には金色のアンクレットが輝いている。
「彼とはどんな話を?」聡介が訊ねる。
「刑事さん達、あの話をご存知ないの?」
「こちらの質問に答えてください」ぴしゃり、と和泉が言った。
「……もう少し、女性には優しくした方がいいですわよ? 刑事さん。せっかく綺麗な顔をしていらっしゃるんだから」
耳にかかる髪をかき上げながら、高島亜由美は和泉を見つめて言う。