刑事生活30余年、色艶っぽい話になると未だにモジモジしちゃう純情オジさんと、そんな上司を生暖かい目で見守る部下
「ええ、ニュース見ましたよ。こんな、何もない平和なところだと思っていたのに、事件て起きるんですねぇ……」
ペンショングリーンリバーの経営者夫人だという緑川珠子は溜め息交じりに言った。
「奥さんは地元の方ですか?」
「いいえ、私達は数年前に東京からやってきた他所者ですよ。うちのお父さんが、定年後は絶対に海辺でペンション経営をするんだって言い張りましてね。私は反対したんですけど……ま、仕方なくついてきました」
そう言っている割には楽しそうだ。
「それにしても聞いたことはありましたけど、こういう田舎っていうか島で生活するのって本当大変なんですね。何か問題が起きると全部、私達他所者のせいにされるし。ちょっとでも変わったことがあると、一両日中に島全体に知れ渡ってるなんて」
「そういうものですよ、村にしろ島にしろ。狭い社会なんですよ」
自身も狭い村の中で育ったことがある和泉は、アイスコーヒーを啜りながら言った。
「ご主人が出かけて行ったのは、仕入れか何かですか?」
聡介が訊ねると、
「いえ、出前です。あぁ、今時はデリバリーとか言うんでしたっけ? ちょっと小高い丘の上にあるお屋敷があるでしょう? 高島さんのとこの」
「高島さん……高島亜由美さんですか?」
「ええ、そうです。うちの料理を気に行ってくださって、朝と昼はいつも出前を注文してくださるんですよ。うちのお得意様です」
そろそろ本題に入ろう。
「奥さん、ところでこの男性が、こちらのお店に女性と一緒にやってきたのを見かけたりしませんでしたか?」
聡介が写真を取り出してテーブルの上に乗せる。
夫人は老眼鏡を取り出して遠ざけたり近づけたりしていたが、
「ああ、この人! ええ、覚えていますよ」
「本当ですか?!」
「黄色の髪をした若い女の子と何度かお見えになりました」
「どんな様子でしたか?」
「さぁ、そこまでまじまじ見ていた訳ではないので……でも、普通のカップルに見えましたよ。一度だけ、女の子の方が怒って先に帰っちゃいましたけど」
和泉と聡介は顔を見合わせた。
「何が原因だったかわかりますか?」
まさか、と夫人はひらひら手を振って笑う。
「そんなお客さん同士の会話に聞き耳立てたりしてないですよ。でもね、一つだけ覚えてることがあるんですよね。『そんなに亜由美さんがいいなら、本人に聞けば良いじゃない』とかなんとか」
「亜由美さん……? 高島亜由美さんのことでしょうか」
「たぶん、ですけどね。他にはいないと思いますよ」
「その女の子ですけど、どんな顔立ちだったか覚えていますか?」
「顔はよく覚えてないけど、この近くにいるんじゃありませんか? 高島さんのところに泊まってるみたいだし。主人なら何度も顔を見てますから、わかると思います」
そこで主人である緑川輝夫が戻ってきた。
「おかえり、お父さん! あのね、警察の人が……」
ペンションの主人は咄嗟に事態を把握したらしい。
かつて東京で大手メーカーに勤務していたという白髪頭の男性は、
「確か、ユキナちゃんとか呼ばれていましたね。そりゃもう派手な格好で、自分の娘だったら引っ叩いてやったところですよ」と、いかにも団塊の世代らしいことを言った。
「その女性が、この男性と一緒にこちらのお店を訪ねたことがありますね?」
和泉は被害者の写真を見せて確認する。
「ええ、何度か」
「どうでしょう、ご主人から見て二人はどの程度の仲だったと思われますか?」
どの程度って……と、オーナーは困惑顔になった。
それからちらりと妻の方を気にする素振りを見せる。
「おい、母さん。刑事さんに温かい紅茶とケーキを出してくれ」
「いや、そこまで……」
しっ、とオーナーは人差し指を立てる。要するに奥さんを遠ざけておきたかったのだと理解する。
「昼間からこんな話で恐縮ですがね、いつだったか注文を受けて料理を届けに行った時なんですが、あの若い女性が裸に近い格好で出てきたことがあって……驚きましたよ。思わず皿を落としそうになりました。向こうも察したんでしょうか、絵のモデルをしていたんだって言ってましたけど……あと一緒にいたのは男が二人ですよ。まぁ、本当にモデルをしていたのかもしれませんが、男の前で平気であんな格好ができる女性ですからね。それに比べてこちらの男性はいかにも純朴そうじゃないですか。推して知るべし、ですよ」
だんだんと横尾管理官の読んだ筋通りに進んでいるような気がする。
和泉はおもしろくなくて眉間に皺を寄せたが、聡介は頬を赤くして居心地悪そうにしている。
まったく、何年この仕事をしてるんだか……。