再開発計画
台風は夜の内に抜けてしまったようだ。
翌朝、カーテンを開けると眩しい夏の光が差し込んできた。
良かった。帰れなくなったらどうしようかと、本気で心配した。
周が起き上がって服を着替え、リビングに降りると既に美咲は起きていて朝食の用意を始めていた。
「おはよう、周君」
元気そうだ。昨日の夜、孝太からかかってきた電話の内容が、詳しいことは知らないが朗報だったのだろう。
「なぁ、反対運動って何?」
まとわりついて来たメイの頭を撫で、周は尋ねた。
美咲は一瞬手を止めて悩んだ様子を見せたが、
「そうね、周君には話した方がいいかも」
コーヒーメーカーをセットしながら言った。
「実はね、宮島全体を再開発しようっていう話が出ているの」
「再開発って……マンションでも建てるの?」
「ううん、そうじゃなくて。既存の旅館やホテルを全部まとめて、一つのリゾートホテルに改修しようっていう話。今、表参道に並んでいる商店街なんかも全部作りなおして、何もかも新しくする計画みたい」
「それを、MTホールディングスのあの社長が提案してる訳?」
美咲は驚いた顔で弟の顔を見つめる。
「どうして……」
「前にちょっと話を聞いた。くだらねぇ計画だよな。だいたいそんなことして、客が来る見込みなんてあるのかよ? 再開発ってことは、今ある自然も破壊するってことだろ。ただでさえ鹿の事が問題になっているっていうのに、もっと生態系を崩すつもりか?」
「彼女には彼女なりの考えと、勝算があるんだよ」
いつから聞いていたのか、賢司が言った。
「もっと県全体を活性化させたいって、それが彼女の口癖なんだ。経済が発展すれば雇用も増える。今まで県外に流出していた若い人達が戻ってきて、人口も増えるだろう。そうなればもっとこの広島は発展する……」
「理想論だろ、そんなの」
周はもうこの話が面倒くさくなって、テレビをつけた。ニュースが流れる。
昨日の朝5時頃、生口島周辺海域で男性の遺体が海に浮かんでいるのが発見された。死因は頭部を殴られたことによるもので、殺害後、海に投げ込まれたと見られている。警察は殺人、死体遺棄事件として捜査している。
「この島じゃないか……」
それでなのか、あの刑事達が動き回っていたのは。
被害者の顔写真がアップで画面に映し出される。
その顔を見た途端、美咲がカップを床の上に落としてしまった。
「義姉さん……?」
彼女は割れた音もまったく耳に入っていない様子で、呆然と立ち尽くしている。
「美咲、どうしたの」
賢司がしゃがみ込んで割れた陶器の欠片を回収する。
猫が踏まないように避難させておいて、周もそれを手伝う。
ようやく彼女が我に返ったのは、玄関のチャイムが鳴った時だ。
まさか警察か?!
しかし、昨日もいつからここに来たかと訊かれて昼過ぎだと答えたら、だったら何も用はないみたいな言い方をされた。
決して警察と関わり合いになんてなりたくはないが、あの言い方にムッとしたのは覚えている。
美咲は浮足立った様子で玄関に向かい、ドアを開けた。
玄関の様子はリビングから見える。立っていたのはなぜか、あの駿河という刑事の見合い相手の女性だった。
どうしてここがわかったのだろう? というか、何の用だ?
話し声は聞こえない。しばらくしてリビングに戻ってきた美咲は、
「ごめんなさい、少し出てきてもいいかしら?」
「何があったの?」
「あとで話すから……」
彼女は再び玄関に戻り、外に出掛けてしまった。