そして一人いなくなった
因島西署長の取り計らいで県警から来た刑事達にはちゃんとまともな宿が用意してもらえた。
この署の道場は現在、改装工事中で立ち入りができないのだ。
どうせなら現場である生口島内がいいだろう、ということで和泉達は、船着き場にほど近い民宿に到着した。
全員で一部屋、という修学旅行並みの部屋割りだが文句は言えない。
駿河が風呂に行っている間、彼の携帯電話が何度か鳴った。
「……例の彼女でしょうかね?」和泉は聡介に言った。
「かもしれんな」苦い顔で父は頷く。
「で、どうしてこのタイミングで美咲さんがこの島に来てるんですか?」
会議の後、友永が聡介に持ってきた『報告』は、あまり喜ばしい内容ではなかった。
藤江美咲と周がこの島に来ている。
友永はいろいろな深い事情を知っている。だから心配している。
「俺に訊くな。自分で考えてみろ」
「嫌がらせに決まってるじゃないですか」
「誰が、誰に?」
「あの兄貴ですよ。自分はこんなにしっかり家族サービスしてます、いい夫してます、だから美咲さんは幸せなんですよっていうアピール」
「……藤江賢司は、美咲さんがかつて葵と婚約していたことを知っているのか?」
「たぶん知っているでしょう。知っているからこそ、わざわざこの日を選んだんじゃありませんか?」
「この日に殺人事件が起きて、必ず俺達が出動するって予測できていたとでもいうのか?だとしたら何者なんだ、彼は」
和泉は自分でも論理が破綻していることに気付いていた。
が、止まらない。
「案外、彼がホンボシだったりするのかもしれませんよ」
「動機は? 手口は? ガイシャとの接点は?」
「……」
聡介は深く溜め息をついた。
「彰彦、どうしてお前があの彼をそんなに嫌うのかわからんが、自分の嫌いな人間を犯罪者にしていたら、いつか絶対に冤罪を産むぞ」
「似てるからでしょう?」
布団の上に横たわって週刊誌を読んでいた友永が口を挟んだ。
「似てる……?」
「自分と似たタイプの人間ってのは嫌なもんですよ」
「あんな男と一緒にしないでください!」和泉はムキになって叫んだが、
「向こうも同じぐらい、お前のことが嫌いだよ」聡介が冷静に言った。
「向こうもお前さんのこと、きっとロクでもないこと言ってるぜ?」
「例えばどんなです?」
友永は起き上がって天井を見上げながら、
「そうだなぁ……いつまでも親離れできないファザコン野郎とか、あらぬ誤解を植え付けるとしたら、実は美少年好きの変態野郎だとかな」
「それって、友永さんが僕のことをそう思っているっていうだけの話ですよね?」
「おい、落ちつけよジュニア。例えばの話だろうが……」
「女癖が悪くて奥さんに逃げられた、とか?」日下部が面白そうに参加してくる。
二人揃って好き勝手なこと言いやがって……。
駿河が戻って来た。また彼の携帯電話が鳴る。
全員が彼の行動に注目する。
着信を押したようだ。「はい、駿河です」
相当大きな声で話しているようで、離れた場所にいても女性の声が漏れ聞こえる。
その場にいた刑事達は揃って口を閉ざし、耳を澄ませている。
「野村さん」相手の女性は野村というらしい。「申し訳ありませんが、自分はあなたと今後お付き合いするつもりはありません。お見合いの話もなかったことにしてください。今後仲介人を通して正式にお断りを入れさせていただきます。それでは」
通話を終えた後、全員が自分に注目していることに気付いた駿河も、さすがにこれには表情を曇らせた。
「……何ですか……?」
誰も何も答えない。
「皆さん、自分ははっきりと今お断りしました。そのことはこの場にいる皆さんが証人になってくださいますよね?」
刑事達は皆、黙って首を縦に振る。
「良かった。それじゃお休みなさい」
にこっと笑って駿河は布団に潜り込み、眼を閉じた。
「……今、一瞬だけ可愛いなんて思った俺は変態か……?」
「だったら俺も変態です、友永さん」
「別に変じゃないですよ、本当に可愛いかったし」
「ところで……」
部下達に聡介は素朴な疑問を投げた。
「三枝はどうした?」