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そういうもの

 デパートで菓子折りを買い、バスに乗る。


 駿河の実家は最寄りのバス停から歩いて30分はかかる。

 すぐに帰るつもりだから、土産以外には何も持参せず、竹藪の生い茂る山道をひたすら歩く。

 カエルの鳴き声や、蝉の鳴き声をBGMに、ようやく家に辿りついた時には汗びっしょりだった。

 

 腕で額の汗を拭いながら門をくぐる。

 すると懐かしいふわふわの感触が足元にまとわりついてきた。


「シマ吉、元気だったか?」

 縞模様の猫にシマ吉と名付けたのは自分だ。

 子供の頃から猫が好きで、家には常に猫がいた。駿河が家を出た頃にはまだ子猫だったが、今ではすっかり立派な成猫になった。

 

 一人暮らしを始めてからは飼えなくなったので、街中でも野良猫を見るとつい触りたくなってしまう。

 シマ吉はしかし、すぐに駿河から離れて向こうへ行ってしまった。


「ほら、シマ吉だって愛想を尽かしちゃったんですよ。ぼっちゃまがあんまりにも長い間家に戻って来ないから」

 玄関に迎えに来た文代は駿河を睨んでから、お帰りなさいと言ってくれた。

「ただいま、文代さん」

 久しぶりに会った育ての親とも呼べる女性は変わらず元気そうだ。それでも駿河の顔を見ると、少し涙ぐんだ。

「今夜はお泊りになるでしょう?」

 実は日帰りのつもりだ、なんて今さら言えない雰囲気がある。


 直接的な返事はせず、駿河は取り敢えず手土産を渡すことにした。彼女の好きな店の和菓子である。

「お父さんは?」

 駿河の父親は今も現役で働いている。週末はいつも接待ゴルフで留守にしている可能性が高い。

「旦那様はゴルフです。でも、ぼっちゃまがお帰りになるなら早めに切り上げて戻られると仰っていましたよ」

 とにかく中にお入りください。家政婦はそう言って駿河を中に招き入れた。


 相変わらずムダに広い家だ。

 その時、駿河の携帯電話が鳴りだした。


 もしかして事件か? と一瞬期待してしまった。

 しかしそうではなく、発信元は父親だった。


 少しうんざりしつつ通話ボタンを押す。

『葵か? ちゃんと家に戻ったんだろうな』

「……ええ」

『わかった、すぐに戻る』

 え? こちらの質問を許さず、勝手に話を進めてしまう。父はいつもそうだ。


 駿河は父親が戻るまでの間、ぼんやりとかつて自分にあてがわれた部屋で過ごした。


 少しも変わっていない。文代さんがいつも丁寧に掃除してくれるのだろう。


 それから約1時間後、車のエンジン音が聞こえた。

 どうやら父が帰宅したようだ。


 駿河は玄関に向かった。シマ吉が足元に擦り寄って来る。

 抱き上げると抵抗はなく、むしろゴロゴロと喉を鳴らして機嫌が良さそうだった。


「久しぶりだな、葵」

 それこそ何年かぶりに出会う父は、昔と少しも変わりがない。

 年齢は還暦を過ぎた筈だが少しも年齢による衰えを感じさせない。

 それどころか、若い頃よりも貫禄が出て、威圧感が一層増した気がする。

「昼飯はもう食ったのか?」

「いえ……」

 それなら、と父は携帯電話を取りだした。


 駿河としては久しぶりに文代が作ってくれる家庭料理が食べたかった。しかし父はさっさと市内にあるフレンチレストランにケータリングサービスを注文してしまった。文句は言えない。

 言ったところで無駄だということを知っている。


 無駄に広いリビングで父親と二人、テーブルを挟んで食事をするのは気詰まりなことこの上ない。やってきたシェフがあれこれと料理の説明をしてくれるが、何を食べても駿河は上の空であった。

「仕事は忙しいのか?」

 ナイフとフォークを器用に動かしながら、父は訊いた。

「ええ、そうですね……」

 このところ捜査1課が出動するような大事件は起きていない。

 しかし、忙しいのは確かだ。

 刑事の仕事には驚くほど膨大な書類仕事がついてくる。


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