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島猫:2

 土産用とこれから食べる分のケーキを購入してから、周と美咲は別荘に戻る道を歩きだした。


 また空が曇り始めた。湿った暖かい空気が肌を撫でる。


「あら……? あの人……」

 美咲が呟き、数メートル先に視線を移す。彼女の視線を追うと、周も見たことのある刑事が二人で歩いているのを見かけた。


 一人は見たことのない顔だが、暑いのにしっかりとスーツを着込んでネクタイも締めている。


 もう一人が見たことのある顔で、いくら暑いからってその格好はないだろう、というほどワイシャツのボタンを外したノーネクタイ。

 伸び放題のむさ苦しい髪をかきまわしながら、暑いとブツブツ言いながらアイスキャンディを頬張っている。

 

 向こうもこちらに気付いたようだ。

 

 だらしない身なりの刑事は慌ててワイシャツのボタンをとめ、食べかけのアイスキャンディを、なぜか隣を歩いている刑事に手渡した。

 どうも、と手櫛で髪を直しながらその刑事は愛想笑いを浮かべた。


「ご旅行ですか?」

「ええ。その節は、お世話になりました」

 いえいえ、それじゃ……と通り抜けようとする。

 が、アイスキャンディを渡された中年男性の方は、周と美咲を油断ならない目つきで等分に検分すると、

「警察です。こちらへはいつからおいでですか?」

「今日のお昼前に着いたばかりです」美咲が答える。

 中年の刑事はアイスキャンディを元の持ち主に返し、メモ帳を開く。

「お手数ですが、住所、氏名を伺えますか?」

 義姉が正直に全部答えると中年刑事は心証を良くしたらしい。

 ご協力ありがとうございました、とその場を去って行く。


 何かあったんですか? と聞きたかったが、どうせ教えてもらえないだろう。

「やっぱり何かあったのね……」

 そうみたいだな、と周は気のない返事をした。


 そして思い出す。今のだらしない刑事は確か、先月ぐらい、和泉が仕事中に体調を悪くして自宅に戻ってきた時、あのストーカー刑事と一緒に彼を送ってきたことがあった。


 ということはきっと和泉達もこちらに来ているはずだ。


 その時「ねぇ、乗っていかない?」背後から女性の声がした。

 確か、高島亜由美。

「ちょうど今、賢司さんに用事があって会いに行くところだったから」

 少し迷ったが、ぽつぽつと雨が降り始めたので申し出に甘えることにした。

「どう? この島は。何もないところでしょ?」

 亜由美は前を向いたまま笑って言った。

「私、この島の出身なのよ。あなたのお兄さんのお母さんとも、お祖父さんとも親しくさせてもらっていたわ」

 兄から聞きました、と周は答える。


 それから彼女は自分のことを語りだした。

 対向車のほとんどない空いた道路を亜由美はよく喋りながら軽快に飛ばしている。適当に右から左へ聞き流して、別荘が目前に見えた時だ。


 ドン! と、何かがぶつかる衝撃音が聞こえた。軽く揺れる車体。

「な、なんだ?!」

「あら、ごめんなさい。石にでもぶつかったのかしら」

 路肩に車を停めて、亜由美は外に出てみたがすぐに戻ると、

「猫を轢いたみたい」と、あっけらかんと言った。

 周も美咲も顔色を失い、急いで外に出る。


 轢かれたのは白と黒の毛の成猫だった。おそらく野良猫だろう。

「よくあるのよ、この島って猫が多いから。市役所に電話しないと……」

 こういう時に市役所に電話をするのは当然だとしても、どうしてこうも平然としていられるのだろう?


 美咲は傘もささずにその場にうずくまり、頭から血を流している猫の遺体を見つめて涙を溢す。

 周も泣きたい気分だった。


「嫌ねぇ、タイヤが汚れちゃった」

 亜由美は屈みこんで車の様子を見てそう言った。

「何言ってんだよ、あんた!!」思わず周は大声で叫んだ。「そんなことを気にしてる場合じゃないだろ?! いくら野良猫だからって、生き物を殺しておいてよくそんな平気そうな顔していられるな?!」

 すると彼女は一瞬眼を丸くして、それから唇の端を吊り上げる。

「坊や、熱血漢なのね。賢司さんの弟とは思えないわ。それとも綺麗なお義姉さんの前だからって、格好つけてるのかしら?」

 完全に頭に血が昇った。


 その場に賢司があらわれなければ、絶対に殴りかかっていた。

「周? どうしたんだ……」

「あら、賢司さん。ちょっと話があってきたんだけど……またにするわ」

 亜由美は運転席に戻ると、さっさとエンジンを回して走り去って行く。


 美咲、と兄は妻に傘をさしかけ、中に入ろうと声をかける。


 しかし美咲は首を横に振って、横たわっている野良猫の遺体の前から動こうとしない。

 役場がどこにあるのか知らないが担当者はまだ来ない。


 きっと義姉は猫の遺体が回収されるまで、この場を動こうとしないだろう。

 周は段々と勢いを増してくる雨に打たれながら、じっとその様子を見つめていた。


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