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雨男か雨女

「そう言えば今朝、天気予報で台風10号が日本に接近しているって言ってましたね」

「台風か……」

 雨や台風のせいで現場保存が難しくなる。


 まだ被害者がどこで殺害され、遺棄されたのかもはっきりしていないのに。

 長引くかもしれない……そんな気がした。


 捜査本部は最寄りの因島西署に設置された。

 尾道東署もだいぶ年季の入ったくたびれた建物だったが、ここはもっと上を行くボロさだ。

 どうせ泊まり込みになるならできれば近くの民宿とか、もう少し綺麗なところがいい。ここだと虫でも出てきそうだ。


※※※※※※※※※


 兄が雨男なのか、それとも義姉が雨女なのか。


 いずれにしろ、賢司が計画を立ててくれた旅行の出発日、どんよりと空が曇り出した。車のガラス窓にポツポツと水滴がついたかと思うと、次第に大粒の雨が降りだした。


 天気のせいか、それとも他に理由があるのが、義姉の表情は冴えなかった。


 忙しい季節に休みを取って出かけることに後ろめたさを感じているのだろうか。


 ケージに収まり彼女の膝の上にいる三毛猫はいたっておとなしいが、茶トラの方はとにかくじっとしておらず、ケージから出ようとしてはにゃ~にゃ~鳴き叫ぶ。

 うるさいと兄が怒り出すのでは、と心配していたが、そんなことはなかった。

 

 やがてメイも諦めたのかおとなしくなった。

 

 車は高速を降りて一般道に出た。天気が良ければ景色も楽しめただろうが、今日は雨に煙ってほとんど見えない。

 

 山陽本線の尾道駅前は、しまなみ海道の開通に伴って綺麗に整備されている。ゲートをくぐって愛媛県側に向かう。

 目的地は生口島。

 

 浜辺でバーベキューをするつもりで食材を買い込んできたが、この天気では無理だ。

 ちなみにどんな宿を予約したのかと訊いても、兄は笑って、着くまでは秘密だと言った。

 

 それから到着したのはログハウス風の一軒家である。

「……ペンション?」

「違うよ。ここはね、僕達のお祖父さんが産まれた家なんだ」

「嘘だろ……」

 どう見ても戦前からある建物には見えない。賢司は笑って、

「もちろん最近になって全面的に建て替えたんだよ」それを聞いて納得した。


 確かにここなら気兼ねなく猫達を連れて来られる。

 その代わり、食事の支度も布団の上げ下げも自分達でしなければならないが。言ってみれば藤江家の別荘か。

 

 こんな場所があるなんて周は少しも知らなかった。

 

 まずはとにかくうるさいメイをケージから出す。

 見知らぬ景色に戸惑ったのも一瞬のことで、すぐにトタトタと家中を駆け巡りだす。プリンの方は美咲にぴったりとくっついて離れない。

 

 時刻は昼過ぎ。

 野外でバーベキューは無理だとしても、ガレージには屋根がある。

 

 駐車場に簡易テーブルを設置して用意を始める。

「美咲、君は休んでいていいよ。僕と周で用意するから」

 賢司が言った。

「でも……」

「そうだよ、義姉さん。猫達の相手してやってよ」

 そう? じゃあ、と美咲は猫達を連れて2階に登った。

 

 用意をしている内に、割り箸が足りないことに気付いた。

 

 この辺りにコンビニなどあるのだろうか? 来る途中に地元で古くから営業しているらしいスーパーはあったが。

 

 雨は相変わらずかと思いきや、小降りになってきた。晴れ間さえ見える。

 周は賢司に買い物に行ってくると声をかけて外に出た。

 

 だんだんと雨はあがり、夏の日差しが射してきた。

 

 ぬかるんだ道に気をとられて下ばかり見ながら歩いていたら、向こうから来た人にぶつかってしまった。

「あ、すみません……」

「ちゃんと前を見て歩いた方がいい」

 あれ? この声、まさか……。

 

 周が恐る恐る顔を上げると、やっぱりだ。

 義姉のストーカーとして認識している駿河と言う名の県警の刑事。

「出やがったな、ストーカー!! なんでこんなところにいるんだよ?! つーか、なんで今日、俺達がここに来るって知ってたんだ?」

「そんなこと知る訳がない、偶然だ」

 腹が立つほど冷静な回答。

 

 返す言葉を失った周は、とりあえず睨むことしかできなかった。

 彼は一人ではなく、若い青年と一緒にいる。

「いつからここにいる?」

「今日、さっき着いたばかりだ! 文句あるか?!」

「だったら何も聞くことはない。気をつけて帰れ」

 ムカーっ!!

 

 周は思わず、踵を返しかけた駿河のスーツの裾を引っ張った。

「……なんだ?」

「自分の言いたいこと、聞きたいことばっかりじゃねぇか! こっちの質問にも答えろよ」

「質問をするのは刑事の仕事だ」

「こないだの彼女とはその後、どうなったんだよ?」

 先日彼がお見合いをしていたことを思い出した。駿河の瞼が小さく動く。

「……」

「ひょっとしてフラれた?」

 その時、周の携帯電話が鳴りだした。賢司からだ。

 

 そうだ、本来の目的を忘れかけていた。割り箸を買いに出たのだった。

 中途半端なところで会話を終えて歩き出す。


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