嵐の前触れ
聡介は手早く和泉以外の自分の部下達と、所轄の刑事達を組ませて聞き込みに出掛けさせた。
それから、
「彰彦、お前は俺と一緒に来い」
「ほんとですか?!」
「所轄のメンバーに迷惑はかけられん。まして古巣の尾道東署じゃ、なおさらだ」
「……」
黄色と緑の色鮮やかなレモンがたわわに実った畑を横目に見ながら、すれ違う人もほとんどおらず、たまに見かける島の人といえば例外なく高齢者という、日本の田舎町ではごく普通の風景の中、和泉は父親と並んで歩いた。
この島での駐在所勤務には、何かやらかして飛ばされたか、もう出世をあきらめて静かに定年を迎えたい警察官が着任するのだろう。
できることなら県警本部でずっと働きたい。
警察官に異動はつきものとはいえ、聡介と離れたくない。
ふと、二人の前を高齢の女性が通り過ぎた。
「ちょっとすみません、お聞きしたいことが……」和泉が声をかけると、ジロリと睨まれた。
「あんたらも、あの女の仲間かね?!」
「あの女……?」
「アーチストだかなんだか知らんがの、毎晩のように若いもんらが集団でやってきて、夜遅くに浜辺で大騒ぎ。花火を打ち上げるわ、ゴミはそのままほったらかし。あんまりにもうるそうて眠れんけぇ、その集団のリーダーじゃいう女に文句言いにいったんよ。ほんだらその女、なんちゅった思う? 広島県全体をもっと活性化するために、若い人の力がどうこう……」
このまま黙っていたら止まらなそうだ。
和泉と聡介は警察手帳を取り出して見せた。
「……なんね、警察の人かいな」
「実は、今朝この近くで男性の遺体が見つかりまして……」
老女はぎょっとした表情で、慌てて顔の前で手を振った。
「わしゃ知らん、何も知らんけぇな!」
「落ち着いてください。誰が亡くなったのかもわからないので、皆さんにこうしてお訊ねしているんです」
遺体の写真を取り出す。
「この男性なのですが、見覚えのある方ですか?」
老女は写真を近づけたり遠ざけたりしながらしげしげと見つめると、
「こりゃ、中野の桑原の圭史郎じゃないけ!」
後でわかったことだが、中野という集落の桑原家の圭史郎という意味だったらしい。
「ご存知ですか?」
「……島の人間で知らんもんはおらん」
だろうな、と和泉は思った。
「つい3日前、久しぶりに帰ってきたかと思ったら……なんでこんなことに……」
「桑原さんのご自宅を教えていただけますか?」
思いがけず早めに身元が判明した。
これは案外、早めに解決する事件かもしれない。
教えてもらった場所に向かうと、まだ比較的若く、小綺麗な格好をした中年女性が玄関先に出てきた。おそらく被害者の母親だろう。
いつものことだが、家族の死を報せるというのは辛い仕事だ。
聡介が今朝、息子さんが遺体で発見されました、と伝えると、初めは悪い冗談だろうという表情だったが、写真を見せると、言葉を失った。
「……まさか、あの子が……」
被害者の母親が落ち着くのを待って聡介が切り出す。
「ご子息は普段は、どちらにお住まいでしたか?」
「広島市内です。山陽日報社に勤めておりました」
地元のマスコミ関係者か。
「こちらへお帰りになられたのは、お仕事のためですか?」
母親は力なく首を横に振った。
「あの子は、仕事のことはほとんど……何も教えてくれませんでした。ただ……」
「ただ?」
「カメラを持って出かけて行きましたから、きっと仕事だったんだと思います。けどまさか、こんなことに……」
これ以上は無理だ。
二人は被害者の家を引き揚げた。
「マスコミ関係者か……」聡介は憂鬱そうに呟いた。
「カメラはおそらく、犯人が持ち去ったんでしょうね」
「あるいは海に落としたかもしれん」
「いずれにしろ、見られたくない決定的瞬間が映っていたと考えて間違いないでしょう」
それにしてもこんな小さな島でどれほどのスキャンダルが掴めるというのだろう。
島民全体が家族のようなもので、誰かが何か変わったことでもすれば、あっという間に全体に知れ渡るようなこんな場所で?
「なぁ、彰彦……さっきの……」
「マナーのなってない若いアーティスト集団と、そのリーダー格である女性ですか?」
聡介は苦笑しながら、最後までちゃんと聞け、と言った。
「他所者だろうな」
ふと、和泉は頬に雨粒を感じた。
つい先ほどまで晴れ渡っていたのに、急に雲が広がり、雨がぽつぽつと降り出した。
二人は急いで車に戻った。




