俺、水死体って初めて
汗をかいているのは暑いせいばかりではなさそうだ。
古巣である尾道東署強行犯係に現在在籍している本田巡査部長に、和泉は初めて出会った。彼が一緒に連れてきた若手刑事は松田巡査。
胸の内で秘かに車屋コンビと呼ぶことにする。
「ちゅー訳でありまして、昨日の午前5時24分ですが、漁船が海面に浮かんでいる遺体を発見して最寄りの因島警察署生口警察官駐在所に連絡したということであります!」
なぜか敬礼をしつつ、本田係長はしゃちこばって聡介に報告している。
県警捜査1課の刑事がやってきたことでだいぶ緊張しているらしい。
今朝早く、電話で呼び出しがあった。
しまなみ海道沿い、生口島近辺の海域で身元不明成人男性の遺体が発見された。至急現場に急行せよ。
和泉は聡介と駿河を自分の車に乗せて生口島へ向かった。
今日も朝から気温が高く、晴れ渡っている。
これがプライベートだったら楽しかっただろうな。
「良かったですよね、生口島で。伯方島だったら愛媛県警の管轄ですよ」
和泉が言うと聡介は苦い顔をした。
遺体は既に陸に引き揚げられ、ブルーシートに包まれていた。鑑識員の作業が終わるまでは少しだけまわりの景色を見ておこう。
和泉が視線を巡らしていると、黒のミニバンが近くに停まった。
「おー、これが噂のしまなみ海道か」
観光客みたいなことを言いながら車から降りてきたのは友永である。続いて日下部。
「……三枝はどうした?」
「たぶん、そのうち電車で来るんじゃないですか?」
昨夜も遅くまで飲んでたみたいだし、と付け加えて日下部が答えた。
「で、どうなんです? ドラえもんの様子は」
ドラえもんとはおそらく、ドザエモン、つまり水死体のことだろう。
「まだ鑑識さんが作業中ですから入れません」和泉が答える。
そうかい、と友永は今頃『捜査』の腕章と白い手袋をはめだした。
「中へどうぞ、終わりました」
所轄の鑑識課員が聡介に声をかけた。
「俺、水死体って初めて……」
「俺だって、見たかねぇよ。できることなら……」
友永と日下部は乙女同士のような会話をしながら、ブルーシートをくぐった。
二人とも水死体だと言っているが、実際には殺害された後、海に投げ込まれたと見られている。
「詳しいことは解剖してからですが、後頭部に打撲痕がありました。水はほとんど飲んでいないようです」
鑑識課長である警官が聡介に言った。
「遺体の損傷具合から言って、海に投げ込まれてからどれぐらい経過しているだろう?」
「おそらくそう長い時間ではないと思います。はっきり時間は言えませんが、昨夜か今朝早くと考えてよいと思われます」
「身元を示すようなものは?」
「一切ありませんでした。ですが、遺体の手にこんなものが握られていました」
課長が見せてくれたのは、金色のチェーンだった。
「なんだ、これ……風呂の栓か?」友永が言う。
「どう見てもネックレスとかブレスレットのチェーンだと思いますよ?」
和泉がツッコミを入れると、
「女の飾り物なんか知るかよ」
「もしかして、ガイシャが倒れる寸前に犯人の身体の一部に触れて、もぎ取ったのかもしれませんね」
聡介はしばらく黙って考えていたが、
「まずは身元の確認が一番だな。それと、目撃者探し」
とりあえず歯医者と付近の聞き込み。
今回は女性刑事がいないだろうな、と和泉は辺りを警戒する。
最近どの所轄にも女性の刑事がいるようになった。幸いなことに今回は男性ばかりだ。




