夏の予定
仕事だけはきちんと終えて周は自宅に戻った。
肉体の疲労よりも精神的な苦痛が強い。もう、あんなバイトやめようか。
玄関のドアを開けるとカレーの匂いがした。兄の靴もある。
あんなことを言っておいて、どうせすぐに次の研究だとか言って仕事に出ているのだろうと思っていた。
しかし考えてみれば彼は基本的に土日休みのはずだ。だから今日は家にいたのか。
メイが迎えに出てくれる。
猫を抱いてリビングのドアを開けると、
「おかえり」賢司が台所に立っていた。
めずらしいこともあるものだ。
でも、考えてみれば美咲が来る前は二人で食事の用意をしていた。
「ただいま……」
「どうしたの? ずいぶん疲れた顔してる」
「賢兄……」
周はソファに腰をおろした。
どうしたの? と、賢司が向かいに膝をついて見上げてくる。
「バイト、辞めてもいいかな……」
『だから言っただろう』とか『自分で決めたことなのに最後までやり通せ』とか言われるのかと思っていたが、
「無理しなくてもいいんだよ。それより、お腹空いただろう?」
そっと弟の頭を撫でてから立ち上がり、兄は食器棚から皿を出し始める。
いったいこの変わりようはなんだろう?
でも考えてみれば、これが本来の藤江賢司の姿だった気がする。
少し不思議な気持ちで猫達の皿に餌を開けて、周は自分達も食事を始めることにした。義姉は今夜も泊まり込みで帰ってこない。
「ねぇ、周。せっかくの夏休みなんだからどこかへ出かけようか?」
賢司の言葉に、周は驚いて顔を上げた。
「どこか、行ってみたいところはある? あんまり遠くはダメだよ」
「別にないよ……日帰りできるところがいいな、猫もいるし」
「そうか、確かにね。なら県内かな?」
兄はスマートフォンで検索をはじめた。
「そういえば、しまなみ海道ってまだ渡ったことないよね」
「四国まで続いてる橋だろ?」
正式名称は西瀬戸自動車道。
しまなみ海道は愛称であり、尾道と今治をつなぐ道路である。
そういえばまだ四国に足を踏み入れたことはない。というより、同じ県内である尾道にも一度しか行ったことがない。
「猫も一緒に泊まれる宿ならいいかな? ねぇ」
兄は猫に向かって声をかけた。そういえばメイしかいない。
「あれ、プリンは?」
「三毛猫の方だろう? さっきからずっと、美咲の部屋に籠って出て来ないよ」
プリンは美咲に懐いている。彼女の匂いが残っている場所にいたいのだろうか。
「……義姉さんも一緒に連れて行くんだろ?」
「もちろんだよ。いくら仕事が忙しいからって、家族旅行は家族で行かないと意味がないんだからね。それに……留守中に何かあっても困るだろう」
重くて嫌な気分がした。
旅行の計画は全部兄に立ててもらって自分は乗っかるだけにする。
周はそう宣言してから食べ終わった食器を片づけ、自分の部屋に戻った。




