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お兄さん達

「君も、今まで何度かそういうことがあっただろう? 勉強を見てくれたり、食事に招いてくれたこともあったそうだね」

「俺は……男だぞ?」

「だから、彼の狙いは美咲なんじゃないか。君に優しくしておいて、将を射んとすれば、まず馬をってところじゃないのか。あれは周が留守にしていた時だったかな、偶然彼に玄関先で出会ったんだよ。随分熱心に美咲のことを聞いてくるから、何が狙いなのか尋ねたら……ものすごく嫌な顔で笑っていたよ」

 そんなことが?

「だったら、賢兄が義姉さんを守ってやれよ!」

 たとえ愛し合って結婚した相手ではなかったとしても、それは夫である彼の役目だ。

「そのことなんだけどね、ようやく社運をかけた新薬の研究が終着点を見たんだよ。これからはちゃんと家に帰れる」

 賢司は立ち上がり、ドア近くを通りかかったプリンを抱き上げた。大人しい猫はされるままになっている。

「とにかく、今後一切あの刑事には接触しないこと。いいね?」

 周は返事をしなかった。


 わかった、とは言いたくなかった。


 和泉は優しい人だ。

 振り返ってみると、たくさん親切にしてもらった。


 猫を拾った時、自分が風邪をひいてフラフラだった時、病院に連れて行ってくれた。

 何よりも義姉とのことで悩んだ時、いつも彼が助けになってくれた。


 その動機を疑いたくはない。


 周が黙っているせいか、猫を床に降ろし、賢司は幼い子を諭すように、弟の両肩に手を置く。

「僕はいつも君の最善を考えて言っているんだよ? わかってくれるね。君はこの世でただ一人の肉親なんだから。君が傷つく顔は見たくないよ」


 周がまだ幼かった頃のことだ。

 賢司の母親はまだ健在で、彼女は血のつながらない愛人の子供を毛嫌いしていた。


 傷つけられることを何度も言われて泣いたことがある。

 そんな時、父がいつも庇ってくれた。父が不在の時は兄が助けてくれた。


 そうだ、兄は本当は優しい人だった。


 そして思う。和泉の職業から考えて日々のストレスや圧力は一般人が考えるよりずっと強いだろう。

 耐え難い苦悩に苛まれた時、人はどう行動するだろう?



 翌日は朝早くから周はバイトのために宮島へ向かった。

 昨夜、賢司から言われたことが頭から離れない。


 おかげで今日は作業に身が入らず、何度も些細なミスをしては叱られた。

 午前中は何をやっても上手くいかなくて、暗い気分のまま昼の休憩時間を迎えた。

「どうしたんだよ、恋の悩みか?」

 ぼんやりしていると頭上から孝太の声が聞こえた。

 彼はいつも、休憩時間になると何かと声をかけてくれる。

「そんなんじゃないです……」

「だったら進路の悩みか? このままこの旅館に就職したらいいじゃないか。そのうちフロントも任せられるようになるかもしれないぞ」

 周はつい、義姉と同じぐらいの歳である彼を見つめた。

「なんだよ……?」

「孝太さんはどうして、いつも俺に優しくしてくれるんですか」

 初めは石岡さん、と呼んでいたが名前で呼ぶように言われて、孝太さんと呼んでいる。


 孝太は眼を丸くして、

「なんだそりゃ? そんなの、サキちゃんの弟なんだから当然だろ」

「どういう意味ですか?!」

 周は思わずムキになってしまった。

「どういう意味も何も、サキちゃんは俺の……大事な友達だし、その弟なら可愛いに決まってるだろ? それに俺、一つ下の弟がいたんだ」

「いた……?」

「死んじまったよ、ずいぶん前に」

 すみません、と周は小さな声で謝った。

 孝太は大きな手で周の頭をかき回す。それから、

「周を見てると思い出すんだよな、あいつのこと」

 ちょっと昔話に付き合え、と彼は話し出した。


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