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刷り込み

 さんざんな目にあった。

 周は引っかき傷のできた腕に消毒液と傷薬を塗りながら、深い溜め息をついた。


 今日は猫達の予防接種のため動物病院へ行ったのだが、プリンは大人しかったのに、メイの暴れ方は半端ではなかった。

 病院のスタッフに苦笑されるほどで、周は思わず和泉に助けを求めようかと本気で考えたくらいだ。


 メイの方は今も恨みに思っているようで、ソファの下に潜り込んで、光る猫目で周を睨んでいる。

「プリン、おいで。お前は良い子だったから、餌とおやつやるよ」

 プリンの皿にだけ餌とおやつを入れてやると、メイが飛んできた。

「だーめ。お前はしばらく反省してろ……いてっ!」


 その時、玄関のドアが開く音がした。


 義姉だろうか? 確か今日も泊まり込みだと言っていたはずだが。


 義姉さん? と、周が玄関に出てみると、そうではなく兄の賢司だった。

 この人はいつも前触れなく突然に帰って来る。


 おかえり、うん、とだけ答えて彼はなぜか周の部屋に入っていく。

「何やってんだよ?」

「そういえば、一学期が終わったんだろう? 通知表を見せてもらわないとな」

 今さらか? 夏休みが始まって1週間経過しているのに。


 賢司はベッドに腰を下ろして脚を組む。仕方ないので周は通知表を引き出しから取り出した。

 今学期は少し苦手だった理数系の成績が上がっている。

 隙あらば、と和泉に分からないところを質問していたからだ。


 さっきまで戦々恐々と周の後を追いかけてきた茶トラ猫は、なんだか空気が変わったのを読みとって大人しくなった。ノロノロと部屋を出て行く。

「数学はいまいち苦手だって言っていなかった? 一年の頃より随分成績が上がったじゃないか」

 まぁな、と周は学習机にもたれかかった。

「カンニングでもしたのか?」

 カッと頭に血が昇る。

「ふざけんなよ! それが弟に言うことか?!」

 しかし賢司は眉一つ動かすことなく、

「君は塾や予備校に通っていないだろう。まさか、美咲に教えてもらったなんて言わないだろうね?」

 その台詞に義姉を見下したようなニュアンスが感じられて、周は思わず叫んだ。

「和泉さんだよ!!」

 その名前が出た途端、初めて兄が表情を動かした。

「和泉さん……あの刑事か……」

「何か文句があるのかよ?!」

 座りなさい、と兄は言った。


 言うことを聞きたくなかった。

 周はそっぽを向いて立ったままでいることにした。

「いいかい? 周」

 すると賢司は立ち上がって弟の顔を無理矢理、自分の方に向けた。


 兄のつけるオーデコロンはいつも独特の匂いがする。正直言って、周はそれがあまり好きではなかった。

「県警に知人がいてね、その人から彼の噂を聞いたんだ」

「噂……?」

「離婚歴があるらしい」

「知ってたよ、それぐらい」

「原因は彼の女性関係だそうだよ。以前、事件を通じて知り合った未成年の少女と深い関係になったらしいね」

「嘘だ……」

 周は呟いた。

「本当だよ、この記事を読んでごらん」賢司はスマートフォンを差し出す。


 今から約10年前、広島市内で起きた殺人事件の捜査に加わっていた警官Aは事件関係者である少女Bから事情聴取をした際、彼女が未成年でありながら不法に風俗店でアルバイトをしていることを知った。

「警官Aってなってるけど、実は和泉さんのことだそうだ。警官Aは流川のデートグラブに勤務していた高校二年生の少女Bに、親には黙っておいてやると持ちかけ、その引き換えに関係を迫った。脅迫は複数回に渡り、ついに我慢できなくなった少女が親に相談して事態が発覚。その時の刑事が彼だよ」

「そんなわけない! 和泉さんは変わってるけど、そんな卑怯な真似する人じゃない」

 周は叫んだ。しかし賢司はいたって冷静に応える。

「君はどれだけ彼を知っているの? 羊の皮をかぶった狼なんて世の中には掃いて捨てるほどいるじゃないか。その事件の時も彼は、初めは少女の相談に乗ったりして親切なフリをして、弱みを掴んだ途端に化けの皮を剥いだのさ。もっとも女性関係で問題を起こしたのはその時が初めてじゃないらしいけどね。元々異性にだらしない男だったようだよ。確かに彼は顔も綺麗だし、寄って来る女性は後を絶たないだろうね」

 弟の手からスマートフォンを取り、兄は続けた。


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