2度目はないタイプの女
「あ、こんな時間。明日はお休みですか?」
彩佳は腕時計を見て言った。
「何も起きなければ。じゃあそろそろこのへんで」
和泉が腰を浮かせると、お化粧を直してきますと、彩佳は店の奥に向かった。
駿河は伝票をとり、ポケットから財布を取り出そうとする和泉を止めた。
「ここは自分が支払います」
「いいの? 彼女、けっこう値の張るワインを頼んでたよ?」
「慰謝料だと思ってもらえば……和泉さんは、無理に付き合わせたお礼です」
「そう? ならお言葉に甘えようかな。ありがとう」
会計を済ませて店を出ると、彩佳が外に出てきた。
「和泉さん、さっきの話は本気で計画しておいてくださいね? それじゃ」
駿河に何か言わせる隙も与えず、彼女はさっさとタクシーを拾って行ってしまった。
しばらく呆然と見守っていると、和泉が言った。
「女狐……」
「え?」
どちらかと言えば丸顔で、眼が吊り上がっているようには見えないが。
「葵ちゃん、知ってる? ああいうの無銭飲食っていうんだよ」
「厳密には自分が支払いましたが」
「そうじゃなくて。男が支払って当然だと思っているんだよね、彼女。だからお礼も言わなかっただろう?」
言われてみれば確かにそうだ。
気分が悪いが、これで立派な断る口実ができた。
和泉が通勤用に使っている車はコインパーキングに停めてある。二人は店から駐車場への道のりを歩き出した。
「ところでさっきの話とは?」
「しまなみ海道を自転車で渡ろうって話」
和泉が答え、駿河はそうですか、とだけ返事をする。
「ところで葵ちゃん。結局、何の解決にもならなかったんじゃない?」
先輩刑事の言葉は胸に突き刺さった。
「このままだと2度目、3度目があるよ? 強請りと一緒で」
そうかもしれない。
「葵ちゃんは優しいからね。嫌とはなかなか言えないのかもしれないけど、でも……一生に関わる大事なことだから、ちゃんと自分の意志をはっきりさせた方がいいよ」
さすがにバツイチが言うと説得力がある。
駿河は胸の内でそう思ったが、まさか口には出したりしなかった。