同じ断るにしても
金曜日。結局どうしたものかと悩んだ末、やはり断ろうと駿河は考えた。
もっとも何か事件が起きればそれを口実にすることもできるのだが、そう都合よく事件は起きてくれない。
その上いつになく仕事が捗ってしまって、指定された時間までに余裕ができてしまった。
しかし、上司である高岡警部はまだ仕事をしている。
上司が残っているのに部下が先に帰る訳にはいかない。
そうかと思ったら、
「じゃあ、俺は帰るぞ。お前らもたまには早く帰れよ」
不意打ちのように立ち上がり、さっさと刑事部屋を出て行ってしまう。
他の刑事達もぞろぞろと帰り支度を始めた。
「葵ちゃん、帰らないの? 今日、当番じゃないよね?」
和泉が訊いた。
当番は確か友永だ。そうだ、代わってもらえばいい。
「友永さん、当番代わってもらえませんか?」
「……あ?」
彼はひどく不機嫌そうな顔で駿河を見上げると、
「じゃあ、お前がこれ代わりにやってくれるのかよ? この書類の山、今夜中に片付けないと来月は減給だって言われてんだ」
「……すみませんでした」
仕方がない。
「どうしたの? 葵ちゃん」
笑いながら言う和泉を見ていて、ふと思いついた。
「和泉さん、お願いがあります」
当然ながら指定された店に、向こうは駿河が一人で来ると思っていただろう。
しかし彼女は一瞬目を丸くしただけで、すぐににっこりと微笑んだ。
「良かった、来てくださらなかったらどうしようかと思っていました」
見合いの時とはずいぶん印象が違う。化粧のせいだろうか、それともあの時が和装で今日は洋服だからだろうか。
「駿河さん、こちらは?」
「僕の職場の先輩で、和泉彰彦さんです」
「どーも、初めまして」
ダメもとで駿河は、詳しい事情を話し、和泉に一緒に来てくれるよう頼んだ。
すると案に相違して、彼は二つ返事で了承してくれた。たぶん間違いなく面白がっているのだろうが。
「私、野村彩佳と申します。どうぞよろしく」
彼女はハンドバッグから名刺を取り出し、二人に渡した。
「あ、広島市内にお勤めなんですね」
勤務先はMTホールディングス。つい最近、どこかでその社名を聞いた。
「そうなんです。実家は松江なんですけど、広島で就職したので、今は舟入で一人暮らししています」
「松江ですか、いいところですね。松江といえば宍道湖に松江城ですよね。美味しいものがたくさんあるし、観光スポットもたくさんあるし、島根県って日本一美肌女性の多い県なんですよね?」
和泉の言葉に彩佳はかなり気分を良くしたようだ。
駿河は驚いた。
と、同時に和泉が一緒に来てくれて本当に助かった。
どうせ断るにしても雰囲気が悪いと言い出しにくい。それから店の中に入った。
「何かお飲みになります?」
彼女はワインリストを開きながら言った。
「いえ、自分はいつ呼び出しがかかるかわからないので」駿河は答えた。
「和泉さんは?」
「じゃあ、少しいただこうかな? 呼び出しがかかったら、葵ちゃんが運転してくれるんだよね?」
「葵ちゃんて呼ばれてるんですか? 可愛い!」
彩佳はウェイターを呼び、ワインを注文した。
その後、食事中も駿河はただ和泉と彩佳のやりとりを傍観しているだけで済んだ。
それにしても、ずっと以前に自分は女性があまり好きではないなどと、爆弾発言をしていなかっただろうか? この警部補は。
そのわりには、途切れることなく彼女を喜ばせるような会話を展開している。
そして思い出した。
彼がかつて、前県警本部長の娘と結婚していたことを。
ただ、そう長くなかった結婚生活に終止符を打ったのは、奥さんの方からだったと聞いている。
なぜだろう?
まぁ、人のことなどどうでもいい。
いつどのタイミングで切り出すか。あの話はなかったことに……。
しかし結局、食後のデザートとコーヒーまでそのきっかけを掴むことができなかった。




