お父さんは息子が心配なのです
知らない番号から携帯電話に着信があった。
駿河は基本的に登録していない番号には出ないことにしている。しかし、同じ番号で何度か着信履歴がある。
不審に思いつつ、仕事を一区切りして退庁した彼は、ちょうどビルを出たところで、同じ知らない番号からの着信が再度あったので、応答してみることにした。
『よかった、やっとつながった』
女性の声だ。
「どちら様ですか?」
『私、彩佳です。野村彩佳』
名乗られてもぴんと来ない。
『先日、宮島でお会いした……』
やっと思い出した。先日の見合い相手だ。
「どのようにしてこの番号をお知りになりましたか?」
駿河は思わず尋問口調で言ってしまった。
が、相手は気にする様子もなく、ご親戚の方から聞きましたと答えた。
本人の了承を得ず勝手に携帯電話の番号を開示することは立派な個人情報の漏洩だ。どうせ叔母はそんなこと意にも介さないに違いないが。
『今度の金曜日の夜、お会いできませんか?』
「申し訳ありませんが……」その気はないということと、仕事柄予定は立てられないというつもりで言いかけたのだが、
『金曜日の午後8時に紙屋町のトラットリアシャロットっていうレストランに予約入れましたから。お待ちしています』一方的に言って電話は切れた。
父親がこちらの気持ちなど一切お構い無しに勝手に話を進めて、向こうも乗り気なようだ。
冗談じゃない。父親の思い通りになどなるものか。
その翌日、駿河は聡介から昼食に誘われた。
彼がそう言う時は大抵、何か聞きたいことがある、自分を心配してくれているのだと最近気付いた。了承して席を立つ。
「社員食堂でいいか?」もちろん依存はない。
それぞれ食べたいものをトレーに乗せて料金を支払い、向かい合って腰を下ろすのではなく、二人は窓際の席に並んで座った。
「こないだお見合いしたんだってな?」
「誰からお聞きになったんですか?」
「彰彦から……」
和泉に話した記憶はない。
つまり周が和泉に話して、それが彼の耳に入ったのだ。駿河は胸の内で舌打ちした。
「残念ですが、父が勝手に決めた話です。自分にそのつもりはありません」
そうか、とだけ彼は言った。
余計なことは言わないし聞かない。聡介の心遣いがありがたかった。
その話が出たついでに、駿河は思い切って訊ねてみることにした。
「班長。その後、美咲の様子は……どうですか?」
「……忙しそうだぞ、夏休みシーズンだからな」
それ以上は言えないぞ、というニュアンスのこもった返答だと思った。
それはそうだろう。
彼女が幸せそうか、それともそうでないのか、隣に住んでいる人間にわかるはずがない。表に見えることだけで真実は計れない。
葵、と聡介は優しく駿河の肩に手を触れた。
実の父親は一度もしてくれたことのない仕草だ。
「忘れろとは言わない。けどな、考えないようにすることはできるだろう?」
言うのは簡単だ。
そう思ったが口にはしない。
「だからと言って食事もしないで働けとは言わない。ただお前は、目を離すとすぐに仕事に夢中になるからな。これからもちょくちょく昼飯に誘うぞ?」
この警部が一生懸命自分に気を遣ってくれる理由は、今までの上司達とは違うということを駿河はよく承知している。
彼は純粋に心から心配してくれているのだ。
駿河が自暴自棄になって何か問題を起こし、自分の身に「監督不行届き」という烙印を押されるのではないか。
そんな心配は微塵もしていない。
あるいは、親身になっているフリをして、自分の定年後の安寧な生活を期待しているのでもない。
今の内彼に親切にしておけば、お金も仕事も持っている父親から何らかの恩恵を受けられるだろうと。
彼が抱いているのはただひたすら、息子を案じる父親の気持ちなのである。
駿河は席を立ってほうじ茶のお代りを注いできた。
「班長」
彼は父親よりも幾分若い上司の目を真っ直ぐに見つめて言った。
「自分は決して、班長にご迷惑をおかけするような真似はしません」




