勤労少年
二匹ともすっかり不貞腐れている。
ペットホテルに猫達を迎えに行った周だが、メイもプリンもツンツンしていた。
家に帰ってケージから出してやっても、嬉しくて跳び回るどころか、大儀そうに欠伸をしながらノロノロとそれぞれお気に入りの場所に腰を落ちつけてしまう。
たった一晩放っておいただけでこれだ。
猫でさえこれなのだから、何日も放っておかれたら、人間はもっと寂しい思いをすることだろう。
やめた。
周は首を横に振った。考えても仕方のないことだ。
今日は午前中の仕事を少し手伝ってから昼前には自宅に戻った。旅館を後にする時、孝太がお弁当を持たせてくれた。
実の兄よりもずっと親切な人だ、と周は感動してしまった。
それからふと、今朝のことを思い出す。
義姉と孝太はごく親しい友人同士らしく笑い合いながら仕事をしていた。二人は幼馴染みだということだからそのせいだろう。
いや、それだけではないかもしれない。
ひょっとして孝太は義姉のことを……?
そうだったとしても、どうにもできない。
周は猫達の餌を用意してから自分の部屋に戻り、夏休みの宿題を始めた。
数学の問題を解いていて、どうしても理解できないところが出てきて、思わず和泉に助けを求めようと周は携帯電話を取り出した。
が、すぐに思い留まった。
たぶん忙しいんだろうな。
この頃はほとんど顔も見ていない。
かなり変わった人だが、一緒にいると安心できる。
何度も親切にしてもらったし、助けてもらった。
なんだか和泉さんに会いたいな……。
そう考えた時、周の携帯電話が鳴りだした。
ディスプレイを確認すると『高岡さん』からだった。
「もしもし?」
めずらしいなぁ、と周は通話ボタンを押した。
『ああ、周君か? 忙しいところすまない』
「いえ、別に平気ですよ」
『今夜、何か予定あるか?』
「ありませんけど……」
『よかったら家で晩飯でも食わないか?』
「えっ、いいんですか? 喜んで!! あ……猫も連れて行っていいですか?」
『もちろん。夕方6時ぐらいでどうだろう』
願ったりかなったりである。
周は次の問題に進むこととして、区切りをつけたところで家の掃除をし、手土産を買いに出かけた。義姉は今夜も向こうに泊まり込みだ。
午後6時過ぎ。
周は義姉が作り置きしてくれたおかずでまだ手をつけていないものと、市内で有名な洋菓子店のカステラを持って隣室を訪ねた。
「はーい」楽しそうに玄関にあらわれたのは、和泉の方だった。
メイは和泉の顔を見るなり彼に飛びついて、嬉しそうにゴロゴロ喉を鳴らしている。プリンの方はいつもと少し違う環境に少し戸惑っているようだ。
「高岡さんは?」
「聡さんはもう少し後になるよ、さ、上がって」
聡介が帰るのを待つことにして、周は先に宿題のわからないところを教えてもらうことにした。
それから6時半頃、聡介から、今から帰るという連絡があった。
「へぇ、美咲さんとこの旅館で働いてるの?」
「週に1、2回ですけどね。昨日が2回目です」
「仕事、どう? 大変でしょう」
「慣れるまでは……」
「勤労少年だねぇ、周君は。二宮金次郎みたいだ」
「……誰ですか、それ」
和泉はしまった、という顔をした。
僕の親戚、と彼はすぐに嘘だとわかることを言って、膝の上に乗ってきた猫の頭を優しく撫でる。
「そういえば和泉さん、昨日なんですけど……あの駿河っていう刑事、俺の働いてる旅館でお見合いしてましたよ。知ってました?」
「えっ……?!」
和泉はひどく驚いた様子である。
「本当ですよ、俺、本人と話もしたし」
その時のことを思い出したらムカムカしてきた。
そうなんだ……と、和泉は今まで見たことのない微妙な表情をした。
「どうかしたんですか?」
「いや、別に……」と、言っているわりには何か含んでいる表情だった。
その時、聡介が戻ってきた。
三人揃ってようやく食事を始める。