条件
「美咲、そろそろ帰るよ。女将さんはどうなさいますか?」賢司は言った。
「私は今日一日、ここにいます」
「俺もここに残る!」
「だめだ」兄はにべもなく否定した。
「なんでだよ?!」
「……その内、事件を嗅ぎつけたマスコミがやってくるだろう。やつらはあることないこと面白おかしく書き立てる。君の将来に傷がつくことも考えられる。ほとぼりが冷めるまでは一切、外部の人間との接触を絶ってもらう」
「……!」
「美咲、しばらく君は一歩も家から出るな。前にも言ったけど、この際だから旅館の仕事は辞めて家のことに専念した方がいいね」
「か、勝手なこと言うなよ……!」
周は弱々しい声で反論したが、効果はないようだった。
「君達の為を思って言っているんだよ?」
美咲は黙っている。まるでこうなることを覚悟していたかのようだ。
「あとのことは車の中で話そう。二人とも、行くよ」
それじゃ女将さん、と賢司は義姉の母親に挨拶をして病室を出た。
周は知っている。美咲は旅館の仕事が好きだ。生き甲斐とまでいかないにしても、仕事の時が一番輝ける時間だと解っているのではないだろうか。
それなのに、彼女からそれを取り上げてしまっては……。
「僕がいいって言うまでは家族以外の番号からかかってきたら一切応答しないこと。それから周……」
「……なんだよ」
「今後一切、あの刑事さん達とは関わるな。いいね?」
「なんでだよ?!」
「また何か事件に巻き込まれでもしたらどうするんだ」
「そんなにいつも巻き込まれる訳じゃないだろ?! それに、和泉さんは俺の大切な友達なんだ!!」
「……」
「それに、今回のことは俺が勝手にしたことだ! 和泉さんにも、あの駿河って刑事にも何も責任はない。むしろ謝らなきゃいけないのは俺の方なんだ……!」
「賢司さん」
それまで黙っていた美咲が不意に口を開いた。
「……なんだい?」
「私さえあなたの言いなりになれば、それで満足でしょう?」
「妙な言い方をしないでくれないか、美咲」
「お願いします。周君だけは、自由にさせてあげて」
美咲は頭を下げた。それこそ土下座でもするのではないだろうかというほど深く。
賢司は黙りこんだ。
「……あなたが望むなら、一歩だって外に出たりしません。だからお願い」
「……好きにすればいい」