祈りの声:2
「さっき、連絡があった。野村彩佳は即死だったそうだ」
「そうですか……」
和泉と聡介は、駿河と一緒に病院を出た後、最寄りの三次市署で所轄の刑事達に事情を説明していた。その途中、聡介の携帯電話に連絡が入った。
「申し訳……ありません、自分のミスです」
普段は感情を表に出さない駿河が、泣き出しそうな顔で上司と先輩に頭を下げる。
「葵のせいじゃない」
「ですが、あの子を……藤江周を切り札にと考えていたのは自分の判断です。無理にでも自宅へ帰らせるべきでした!」
「僕が君だったとしても、同じように考えていたよ」和泉が言う。「それに、実際のところ周君のおかげで事態が収束したのは確かだし」
そういうことだ、と聡介は駿河の肩をぽんと叩いた。
「済んだことは後悔しても仕方ない、問題はこれからだ。葵、被害者の無念を晴らすって誓っただろう? だったらもう、次のことを考えろ」
「……はい!」
「どこかで晩飯でも食って来よう。今夜はたぶん、三次市署に泊まり込みだからな」
とは言ったものの、三人の刑事は三人とも思うところがあって、食欲はほとんどなかった。
ようやく半分ほど食べ終えた頃、聡介の携帯電話が鳴りだした。
『やりましたよ、班長!!』友永からだ。めずらしく興奮した口調で、聡介が思わず電話を耳から離してしまうほど大きな声で、
『見つかりましたよ、とんでもないブツが!!』
「何があったんだ?」
『とにかく、今すぐこっちに戻ってきてください』
聡介は二人の息子達を見た。
「自分がここに残りますので、こちらは任せてください」駿河は言った。
「しかし……」
「行きましょう、聡さん。葵ちゃんを信じてあげましょう」
和泉は聡介の背中を押すようにして歩き出す。
駿河は三次市署に戻り、刑事達に事情を説明しながら、頭の片隅で考えていた。
この事件が解決したら……辞表を提出しよう。
県警本部に戻った頃には既に日付が変わっていた。
部下達は全員目の下に隈を作っていたが、皆、疲労の色など見せず、やっと発見された大切な証拠物件を前に興奮を隠しきれない様子だ。
「班長、日下部とうさこのお手柄ですよ! 二人とも文字通り草の根をかきわけるような執念の聞き込みと、徹底的に被害者の生前の行動を洗った結果、ついに見つけました」
友永が嬉しそうに言って、USBメモリを聡介に見せる。
彼がそれをパソコンに差し込むと、画面上に帳簿があらわれた。
「さっき2課の人間に見せたんですがね、これがいわゆる二重帳簿ってやつなんだそうです。ま、簡単に言えば脱税してたってことですね。それと……こっちにはもっとすごいものが入っていましたよ」
何枚かの写真。まわりが暗いので画像はイマイチ不鮮明だが、高島亜由美と川西幸雄が映っている。
そしてもう一人、見るからに水商売をしている派手な女性。
川西が女性の腰に手を回し、明らかにモーテルと分かる建物に入って行く。
「……あと、これはもう決定打というかダメ押しですよ」
友永がパソコンを操作すると、少しの雑音の後、二人の人間の会話が聞こえてきた。
『……川西先生は、MTホールディングスの高島亜由美社長とも親しくしておられると聞きましたが?』
『ああ、同じ生口島出身ということもあってね。議会に立候補した最初の頃から何かと力になってくれて、彼女の後援があったからこそ、今の私がある訳だ』
『まさか、不正献金……なんてこと、ありませんよね?』
『……』
『あ、すみません。お気を悪くされたなら謝ります』
『まぁ、厳密に言うとそういうこともなくはない。彼女は実に私の好みをよく知っていてね……可愛い女の子の胸の谷間に札束を挟ませて、出張先に配達してくれるんだよ』
『……そうですか……』
『おっと、この話はオフレコにな?』
『もちろんですよ。ところで、まさかとは思いますが、そういう金の流れを記録で残したりしていないのでしょうか?』
『少し、喋りすぎたかな……』
音声はそこで途切れた。
「エロじじいと色ぼけオバさんで、まったく良いコンビですね」
そう言って友永は日下部と結衣を親指でさし、
「あの二人も良いコンビですよ。不眠不休で頑張って、とうとうここまで突き止めたんですからね」
二人の刑事は立ってはいるが、今にも眠ってしまいそうに、目がトロンとしている。
「これをどこで見つけたんだ?」
「被害者はこのUSBメモリを最初、石岡孝太に宛てて送っていました。しかし、受取人不在のまま保管期間が過ぎてしまって、発送元である桑原の元へ戻されました。ところが彼は既に亡くなっている。そこで桑原が住んでいたアパートの管理人が預かっていたのですが、今の今まで忘れていたそうです。この他にも2課の連中と協力して、まさに徹夜で徹底的に帳簿を調べ、黒い噂を洗いまくりました」
答えるのはもっぱら友永で、手柄を上げた二人はほとんどしゃべらない。
「よくやった、二人とも!!」
聡介は日下部と結衣の肩をばん、と叩いた。
二人は一瞬笑ったようだったが、ほぼ同時に椅子に座り込んで、そのまま眠りこんでしまった。
確か仮眠室に毛布があったはずだ。
聡介は自ら出向いて毛布を取って来ると、二人の背中にかけてやった。
「あと、それからこっちの帳簿ですが……」
声をひそめて友永は言った。
「こっちは実を言うと、駿河のデスク宛てにメールで送られてきたんですよ。差出人は不明ですが、間違いなくMTホールディングスで使用されている生の帳簿だそうです」
「いったい誰が……?」
「メールの最後に署名がありました。『宮島の未来を憂う者』より、だそうです」
聡介の頭に石岡孝太の精悍な顔が浮かんだ。
どうか助かって欲しい。
そして自らの眼で、この事件の結末を確認してほしい。