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狂言:1

 さすがに東京と広島間の移動は辛い。

 怪我は大したことないとしても、若い頃に比べて体力が落ちた気がする。空港に降り立った和泉は思わず溜め息をついた。


「彰彦、運転はキツいか?」

 聡介は基本、車の運転が好きではないので、いつも移動の際は部下に運転させる。

 しようと思えばできなくはないが、たまには父親に運転させようと和泉は思った。

 空港の駐車場には自分の愛車が停まっていた。


「今、ハンドルを握ると恐らく事故ります」

 そうか、と仕方なさそうに聡介は運転席に乗り込む。

「石岡氏は、あれからどうなったんでしょうか?」

 助手席に乗り込んでシートベルトを締めながら和泉は尋ねた。

「緊急配備を敷いた。おそらくあらわれるであろう場所は確認できたからな。俺達も今からそこに向かう」

「……ねぇ、聡さん。僕いろいろ考えたんですけど……」

「頼むから今は話しかけないでくれ」

 必死の形相で車を発進させた聡介を見ていると、やはり自分が運転すべきだったかもしれないと和泉は思った。


 その時、聡介の携帯電話が鳴り出した。和泉が応答する。友永からだ。

『ジュニアか? 大変だぞ! 支倉の……っていうか、魚谷組の事務所が放火された! 幸か不幸か、誰もいなかったから怪我人はいない』

「犯人は?!」

『今、防犯カメラの解析を急いでる。たぶんだが、高島亜由美と川西幸雄の息がかかった再開発推進派の連中の仕業だ。娘を殺された報復ってところだろう。始まるぞ、仁義なき戦いってやつが。さすが広島だな』彼は面白がっているようだ。

「支倉が……反対派が高島亜由美の娘を殺害したという証拠は? 自殺じゃなくて、他殺だとどうして言い切れるんです? そもそも、どうして彼らは小倉雪奈が高島亜由美の娘だと知っていたのですか?」

『あいつらの情報ネットワークは警察か探偵並みさ』

「そうかもしれませんが……しかし、あまりにも乱暴じゃないですか?」

『ヤクザ者には理屈なんてあってないようなもんだ。味方の桑原が殺された、じゃあ次は敵の大将の娘をやっちまえ。やられたからやりかえす、それだけのことだ』

「エレガントじゃないですね」

『ふん、奴らに何を期待するんだよ? これからしばらく捜査4課は忙しくなるぜ』

 和泉は運転席の父親を見た。


 おそらく聞こえているだろうが、まったく耳に入っていないようだ。免許取りたての初心者並みに真っ直ぐ前だけを見つめている。


『ところでさっき尾道東署の鑑識から連絡があってな、小倉雪奈の泊まっていた部屋から特殊な足紋が出て、それが高島亜由美の靴で間違いないってよ。オーダーメイドの高い靴なんて買うもんじゃねぇよな。どうだ? エレガントだろ』

「そうですね」

『あと、ついでにさっきの話なんだが……班長は近くにいるか?』

 運転中です、と答えると、それならやめておくとの返事。恐らく運転を誤らせるような下品なネタだろう。

 和泉は口元を手で抑えて、こっそり話した。

「小倉雪奈の体内から、辻とか浜田とかいう、宮島を守る会に所属するヤクザの体液が出たとか、そんなところでしょう?」

『よくわかったな……』

「どうせ、支倉に指示されてやったことでしょうね。ま、全面戦争に突入するのは勝手ですが、民間人だけは巻き込まないでほしいですね」

 電話を切って和泉が聡介の横顔を見ると、微かに表情を歪めていた。どうやら聞こえていたらしい。


「聡さんもいい加減慣れてくださいよ、この手の話。何年刑事やってるんですか?」

 うるさい、とだけ返事があって父は黙りこんだ。


 それから約2時間後、聡介の慎重な運転でたどり着いたのは、島根県との県境の国道。


 雑木林を切り開いたようなところへ造った道沿いには、ぽつんとドライブインが一軒だけ建っている。広い駐車場に何台か車が停まっていた。

「聡さん、ここは?」

「石岡孝太があらわれると予測される場所だ。葵と、所轄の警官達に協力してもらってこの辺り一帯に網を張っている」

「彼は何の容疑です?」

「……公務執行妨害だろう、まずはお前の」

「なるほど」

「感心している場合か? それにしても……」

 久しぶりの運転で疲れたのか、聡介は深く息をついて言った。

「あの石岡という青年はいったい、何を考えている?」

 和泉は車窓から外を見つめて答える。


「少しだけ、僕の考えたことを話していいですか?」

「ああ、もちろん」

「あのタレコミは狂言じゃないかと思うんですよ。桑原圭史郎を殺したのは、石岡孝太だという」

「狂言……?」

「彼は警察の目を自分に向けたかったんでしょう」

「何のために……捜査を撹乱するためか?」

「いえ、結果的にそうなっただけで、恐らく彼の意図は他にあったのだと思います。彼は我々のよく知るような、自己中心的で、自分の欲を満たすことにしか関心のないような人間とは違って、むしろ常に他人を気遣い、特に年下や後輩に慕われる、面倒見のいい人間なのでしょう。決して頭の悪い人間ではなく、むしろ逆で……ただそこに恋愛感情が絡んでくると冷静ではいられなくなる。そんな彼の弱点は、美咲さん……」

 和泉はそこで一旦言葉を切った。

 聡介は興味深げに息子の横顔を見つめている。

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