人は自分にないものに魅かれるのです
結局、機嫌が直るどころか却って悪くなってしまったようだ。
当分この手の話はタブーだな。聡介は溜め息をついた。
そういえば、あれから和泉は全然部屋探しをしている気配もない。
いつまでもいてくれて構わないのは本当だが、仮にこの先、もしかして自分が再婚したら、その時はさすがに和泉も独立するだろう。
お隣のようにまだ高校生のいる家庭ならともかく……。
そうだ、最近あの子はどうしているだろうか?
めったなことでは他人に心を開かない和泉が、めずらしく可愛がっている藤江周という少年。
しばらく見ていないが元気だろうか。
素直で気持ちが真っ直ぐな、和泉がまったく持ち合わせていないものをすべて兼ね備えている。
連絡が取れないと言っていたが、あの子も来年は受験生だし、何かと忙しいのだろう。
「あの子が女の子だったらなあ……」つい口に出してしまったようだ。
「性転換手術すれば?」
気がついたら三枝の濃いい顔が間近に迫っていた。
「なんだ?」
「班長、夏休みちょうだい」
「……いつだ? そもそも自分の仕事は終わっているのか?」
「もちろん。お休みまでには終わらせるよ。えっとね、来週月曜日から1週間」
「わかった。ただし、事件が起きたら予定を繰り上げて出勤してもらうぞ。それと、いつでも連絡が取れるようにしておけ。いいな?」
はーい、と本当にわかっているのかいないのか不明なまま、三枝は自席に戻った。
聡介はこの際だからついでに他の部下達の休暇希望日を聞いておこうと思った。
もっともあくまで予定であって、必ずしも休める訳ではない。
日下部からは既に希望を聞いている。奥さんの実家に行くのだと微妙な顔をしていた。
聡介はまず、友永に声をかけた。
「休み? いつでももらいたいですよ」
「決まっていないんだな?」
友永はアイスキャンディを齧りながら、団扇で胸元を煽いでいる。
「サービスしなきゃならん家族もありませんしね。帰る実家もないし。暑い家でグダグダしてるぐらいなら、エアコンの効いた職場にいる方がマシですって」
「そうか。葵、お前はどうだ?」
「自分も友永さんと同じです」
確かに気のせいか、今日は少し明るいような気がする。
「ところで班長さんよ、ちょっと」
と、友永は立ち上がって聡介を廊下に連れ出した。
彼は額を突き合わせるようにしてこっそりと言った。
「何が気に入らないのか知りませんがジュニアの奴、さっきから不機嫌オーラ全開なんですよ。俺の椅子の座り方が気に入らないとか、日下部の電話の声がうるさいとか何かとイチャモンつけてきて、ああなるともう、ヤクザ者と変わりありませんや。その内、王子の顔が気に入らないとか言い出しますぜ?」
頭痛がしてきた。
俺のせいか?
「あんた保護者でしょう? なんとかしてくださいよ」
「無理だ」
「あっさりあきらめないで、どうにか……」
「友永さん。こないだ貸した千円、早く返してくださいね」
いつの間にか近くにいた和泉が言った。
「それとも、ヤクザまがいの取立てをご希望ですか?」
「早く返しておけ」聡介にはそれしか言えなかった。