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遺書

 仕事が忙しくてすっかりご無沙汰していた英会話教室に、久しぶりに行くらしい。

「じゃ、周君。宿題頑張ってね」

 出かけて行く義姉を見送ってから、周は自分の部屋に戻った。

 あとは和泉待ちの部分を除いたら、課題はほぼ終わっている。


 たまにはネットサーフィンでもするか、と周はパソコンの電源を入れた。

 しばらくすると猫達が揃って部屋にやってきて、キーボードの上に寝そべったり、マウスを握る手にちょっかいを出してきて邪魔をする。いつものことだ。


 特別に見たいサイトがあるわけではないので、適当にニュースを見ていると、携帯電話が鳴り出した。

 ディスプレイに表示された名前は石岡孝太。

 周は慌てて着信ボタンを押し、向こうがまだ何も言わない内から「今どこにいるの?!」と叫んでしまった。

 

 微かな笑い声と、ごめんな、という返事。

『周に伝えておきたいことがある。電話を切ったらすぐにメールする。間違いなく俺からだってこと、信じてもらいたくて先に電話した』

 じゃあ、と電話は切られ、すぐにメールが届いた。

 

 その文面はこうだ。


 いろいろありがとう。短い時間だったけど周と一緒に働けて楽しかった。

 弟の健太が生き返ったみたいな気がして、すごく嬉しかった。

 周に会えて本当に良かった。

 ただひとつだけ、謝らなければいけないことがある。

 俺はお前に何度か嘘をついた。サキちゃんのことでだ。

 彼女がどんな人か、お前もよく知っていると思うから、あえて何が嘘だったのかは言わない。

 俺は本気でサキちゃんが好きだった。

 もっとも、サキちゃんにとって俺は弟以外の何にもなれなかったけれど。この気持ちは墓場まで持っていくつもりだ。

 周、彼女のことを守ってやってくれ。

 彼女を取り巻く悪意から。


 

 なんだよ、これ……まるで遺書じゃないか。

 周は急いで孝太に電話をかけたが、電源が切られている。

 

 和泉にかけてみる。呼び出し音は鳴るが応答がない。

「そうだ、高岡さん……!」と、番号を探している傍から着信があった。義姉だ。


『今、孝ちゃんからメールが……!!』

「俺にも来た!でも、どうしよう、どこにいるのか全然わからないよ!!」

『探しましょう。私、今すぐ帰るから支度して! 猫ちゃん達はペットホテルに預けて』

「でも、義姉さん……賢兄には?」

『事後承諾でいいわ』

「だけど、もし……」

 勝手なことをしたと、兄の機嫌を損ねるのはマズいのではないだろうか。周はそのことが気がかりだった。

『人の命がかかってるのよ! 文句は言わせないわ!!』

 意外に彼女は気の強いところがある。

 ふと周は、今は亡き叔母のことを思い出した。5歳になるまで育ててくれた母の妹。明るくて優しくて、とにかく気が強かった。


「わかった。用意する」

 周は服を着替え、猫達をキャリーバッグに入れた。


 出かけて間もなかったからか美咲はすぐに戻ってきた。

「どこから探す?」

「……前に聞いた、芦田川の近くに行ってみましょう」

 確か、孝太の昔の彼女が住んでいるという話だ。二人は猫をペットホテルに預け、車で芦田川の流れる福山方面へと向かった。


 助手席で周は何度も和泉の携帯電話へかけた。が、一向に応答がない。

「誰にかけてるの?」

「和泉さん。でも、全然出てくれないんだ。何かあったんじゃないかって……」

 心配なんだ、と言いかけた時、着信音が鳴った。


「もしもし?!」

『……今、どこにいる?』駿河の声だ。

「なんだ、あんたか……」

『今どこにいるのかと聞いている』

 まだ家を出て間もない。広島駅へとつながる大通りに出たばかりだ。

「悪いけど、忙しいんだ」

『石岡さんから連絡があったのか?』

「どうして……」

『彼のことは我々に任せろ。無理をするな』

「悪いけど、それは聞けない」

 電話の向こうが沈黙した。

「一応、行き先だけは言っておく。芦田川の近く、福山方面に向かってる。じゃあな」

 つい先日、もう二度と会うこともないだろうというようなことを言っていたが、きっと今日あたりまた会うんじゃないか。それでいいと思う。


「誰から?」

 美咲が前を向いて運転したまま尋ねる。正直に言うのはなんとなく躊躇われた。

「……警察の人」嘘ではない。

 義姉はそれ以上何も言わなかった。


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