虎穴に入らずんば虎児を得ず:2
「……あなたは、自分が産んだ娘である小倉雪奈さんを経済的に援助していましたね? そのことは養母である小倉奈保子さんが話してくれました。それと……雪奈さんが亡くなる前日、現金を持って彼女が宿泊した尾道のホテルを訪ねている。残念ながらフロント係や他の従業員は誰もあなたに気付きませんでしたが、彼女の泊まったホテルの部屋から本人以外の足紋、そして指紋が採取されました」
「その指紋が私のものだって言うの?」
「ええ、そうです」和泉はにっこり微笑んで答える。「おそらく逃亡資金でしょう。金庫に約200万ほどの現金が手つかずで残されていました」
「バカバカしい! どうして私の指紋だって言い切れるの? 私は、一度だって警察に自分の指紋を取らせたことなんてないわ!!」
確かに、警察のデータベースにサンプルのない指紋は誰のものかを特定することはできない。
和泉は言った。
「だったら今すぐに採取させてください。あなたがあくまで自分は潔白だと主張するのであれば。それと、DNA鑑定も必要になるでしょうね。雪奈さんとの親子関係を証明するためにも」
「冗談じゃないわ!! 人権侵害よ!」
「あなたの口から人権なんていう単語が出てくるとはね」
高島亜由美は軽く受け流し、
「とにかく、妙な言いがかりはやめてちょうだい。本気で訴えるわよ」
「それよりも、あなたの両腕に手錠がかかる方が先だと思いますが?」
和泉も笑顔を崩さずに応じる。
「ところで、ねぇ刑事さん」何を考えているのか、急に相手は口調を変えた。
おそらくお気に入りのホストや、若くてハンサムな従業員男性に対してはいつも、そんな話し方なのだろうと思われる。
「……雪奈ちゃんが自殺じゃないって、どういうことなの?」
やはりそのことが気になるのか。
「詳しい説明なら、最寄りの警察署の取調室でしてさしあげますよ」
じゃあ、行きましょうか。和泉は高島亜由美の腕を掴みかけた。
「待って……! 一度だけホテルに戻っても良い?」
「なぜです?」
「忘れ物をしてしまったの。逃げるのが心配なら、あなたも一緒についてきて」
「……いいでしょう」
ホテルなら衆人の目もある。それほど危険はないだろうと和泉は判断した。
やはり和泉を一人にしたのはまずかっただろうか。
聡介の胸の内に俄かに不安が広がってきた。
何か困ったことがあれば東京へ向かうとは言ったものの、もはや東京方面へ向かう飛行機も新幹線の最終便は出てしまった時間だ。
組んだ相手が気に入らないと勝手に一人で行動してしまう和泉だが、身の危険という意味ではやはり単独行動は好ましくない。
あれこれ考え始めると悪い方向へばかり思考が転がって行く。
聡介はまだ書類仕事と格闘している部下達を呼んで集めた。
「俺は明日朝一で、東京へ行く」
全員がやっぱりな、という顔をした。
「友永、後は頼んだぞ」
「えっ? 俺ですか?!」
「この中で一番年長はお前だからな。それから、日下部とうさこ」
兄妹のような二人ははい、と揃って返事をした。
「お前達は捜査2課と協力して、桑原圭史郎が掴んだであろうMTホールディングスにまつわる噂をもう一度よく洗い直してくれ。ガイシャが勤めていた新聞社と、ガイシャの自宅をもう一度、それから川西幸雄議員のことも併せて調べてくれ」
「承知しました!」これも見事にハモっている。
「それから、葵……」
駿河は無表情にはい、と返事をする。
「お前は友永のサポートと、それから……」
美咲さんと周君を見守ってくれ。
しばらく返事はなかった。無理を言っただろうか?
だが、あの姉弟を誰かが悪意を持って何かの企みに巻き込もうとしているのだとしたら。
以前和泉がそんなことを言っていたが、今にして思えば確かに、自分達が手掛けた事件に彼らは何かしら巻き込まれていた。
「なんなら、近くのハコ番に見回りを強化するように……」
いいえ、と駿河は首を横に振った。
「あの二人は、自分が守ります」




