陰謀:2
それから言われた通りにバーへ移動した。
「俺の質問にまだ答えていないだろう。どうして駿河さんを襲わせた?」
「……」
「もし、俺の推測が当たっていたら、あんたはとんでもない愚かな人間だ」
「どういうことよ?!」
「……あまりにも知らなすぎる。藤江……寒河江美咲っていう女のことを」
彩佳は一瞬目を見開き、そしてすぐに逸らした。
「それにしても、刑事の執念ってのはたいしたもんだよな。あんなふうにじっとして誰かを見張ってるなんて、俺には到底できない芸当だな」
孝太はバーテンダーにマティーニのおかわりを注文した。
「案外、見張ってるのは社長じゃなくてもあんたの方かもしれないぜ? 何しろ警察ってのは身内意識が強いからな。大事な身内に怪我をさせた犯人を、面子にかけても挙げてみせるだろうよ」
「私……何かの罪になるの……?」彩佳は呟いた。
「さぁな。殺人教唆ってのはあるけど、傷害はどうなんだろうな?」
孝太がマティーニのグラスを口元に運んだ次の瞬間、隣から伸びてきた細い手にグラスを奪われる。
「おい……」
アルコールのきついカクテルを一気に飲み干し、彩佳は息をついた。
「こんなこと、素面でやっていられないわ」
「俺みたいな得体のしれない、どこの馬の骨とも知れない男と恋人同士のフリがってことか? 頭は悪そうだし、下品だし、野蛮そうで……」
「ふふっ。自分のこと、よくわかってるじゃない」
孝太はジン・トニックを2杯注文した。
「じゃあ、俺が昔暴走族のヘッドだったって言っても驚かない?」
「妥当な線じゃない? ねぇ、どうして彼女、あなたを選ばなかったの?」
「……彼女って、美咲のこと?」
そうよ、と答えて彩佳は椅子の上に座り直す。
「お似合いじゃない、お互い身元の怪しい人間同士で」
「あんたは確か、いいところのお嬢様だったよな?」
「そうよ。元を辿れば、松江ではかなり高い地位にあった武家だったらしいわ」
ジン・トニックが二人の前に差し出される。彩佳は一気に半分ほど飲み干した。
「そういう家に、あんたは自分の意思で産まれてきたとでも言うのか?」
孝太はゆっくりとカクテルを味わった。返事はない。
「美咲……サキちゃんだって、元々は華族の家系だったんだぜ?」
その話は真実である。
生き字引のような高齢の地元民はたいてい知っているが、あまり公にはなっていない。
「そんなの、でっち上げかもしれないじゃない!」
「そういう自分はどうなんだよ。だいたい、そういう、自分の努力じゃないことで自慢するのはバカバカしいだろ」
彩佳はそっぽを向く。孝太はそんな彼女の細い顎を掴んで自分の方を向かせた。
「……なぁ、あんたあの社長とずっと一緒にいるんだろう? だったら知ってるよな、あまり世間には知られたくない、まして警察にバレたらとんでもない情報とかさ……」
「そんなこと知ってどうするの? うちの社長を脅すつもり?」
「そうさ、再開発計画を阻止する為にな」
社長秘書はふん、と鼻を鳴らした。そしてジン・トニックを半分ほど飲み干す。
「バカね、あなた殺されるわよ?」
「誰に?」
「社長、暴力団関係者とのつながりがあるの。前にも、同じ目的で社長を脅そうとしてきた新聞記者がいたけど、消されたもの」
「ヤクザ者に?」
「ううん、違う」
「じゃあ誰だ?」
「そんなこと知ってどうするの? やられる前にやりに行くわけ?」
孝太はニヤっと笑っただけで答えないでおいた。