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十一話 彼女は恥ずかしがっていたので、もっといじることにする

 それから、暫くの間、涙が止まらなかった。

 ぽろぽろと零れ続けて、どうしようもない。


 なんで。

 どうしてオレをそう呼んでくれたんだ?


 訊きたくて仕方なかったけど、嗚咽が漏れ続けて無理だった。

 体から力が抜け、へなへなとその場に蹲ってしまう。


「お姉ちゃん、本当に大丈夫!?」

「……」


 星子を見上げると、無言でオレは何度もこくりと首を振る。

 すると、星子はほっと胸をなで下ろす。

 どうやら、心配ないとわかってくれたらしかった。


「お、お客様。どうなさいましたか!?」


 ……それだけなら良かったんだけど、何事かと心配した店員さんまでやってきてしまった。

 当然だろう。

 いきなり客が大泣きし始めたんだから。


 駄々捏ねる年齢の子供ならまだしも高校生だ。

 何か不手際があったのかと勘違いするのも当たり前。


「……ぐすっ……大丈夫ですから……」


 店員さんが来るほど泣いたって時点で羞恥のあまり顔が真っ赤になるのに、追撃は続く。

 なんとか星子に手を貸してもらい立ち上がると、店内の客全員の視線がオレたちへと集中していた。

 訝しむようなもの、興味深げなもの。様々だ。

 オレは涙を拭うと、しゃくり気味な声で


「お、お騒がせしましたっ!」


 と叫び頭を下げる。

 それでも集中は止まず、オレたちは慌ててその場を退散する他なかった。





 オレたちが今いるのはデパート内にある喫茶店。

 服屋から逃げ出した後、星子が一休みしようと言い出したためだ。


 オレも喉がカラカラだったので、二つ返事で同意したというわけ。


「ルナお姉ちゃん、落ち着いた?」

「……ああ。ごめん、心配かけて」


 昔の名前で呼んでもらった影響か、驚くほど素直に謝ることが出来た。

 ……自分でいうのもなんだけど、普段じゃ考えられない。


「もしかして、そんなにお兄ちゃんって呼ばれるの嫌だった? だとしたらごめんね……お姉ちゃん」

「違う! いやじゃないんだ……本当に、いやじゃないから」


 しょんぼりする星子に否定を示す。


「謝るのはオレの方だよ。ごめんな、今まで。八つ当たりばっかりして……」


 なんでいきなり星子がオレのことを昔のように呼んだのかわからない。

 こんなこと、今まで一度たりともなかった。


 記憶を取り戻したというわけでもないらしい。

 だって、星子は自分がそう呼んだことに疑問を抱いてる。

 ふとした拍子に口から出てしまった。そんな感じ。


 だけど、今のオレにはどうでもいいことだった。

 我ながら単純すぎるかもしれないけど、一度『陽兄ちゃん』って呼ばれただけで『ルナお姉ちゃん』を受け入れることが出来た。


 星子がオレのことをまだ覚えていてくれる。

 それだけで何処か心が晴れ渡るのを感じていた。


「少し休憩したら、また服見にいこっか。……別のお店にした方がよさそうだけど」


 星子はそう言いながら、砂糖とミルクをたっぷりと入れたコーヒーを一口啜る。

 よく飲めると思う。

 オレは甘いものは嫌いじゃないけど、コーヒーはブラックがいい。それはこの姿になっても変わらなかった。


 それにしても違和感を覚える。


「どうしてだ? オレはもう帰ってもいいんだけど」

「駄目だよ、新しい服買わないと!」


 ……妙に星子が頑固だからだ。

 確かに次遊びに行く時のため新しい服が欲しいとは言ったけど、今すぐに必要ではないはず。

 そもそも、以前のようなことがそう何度もあるんだろうか?


「……星子、何か企んでる?」


 怪しいと思って、軽く睨みつつ追及してみた。


「だって、お姉ちゃん。晴翔さんを悩殺しなきゃ」

「……何言ってるんだ、お前は」


 返答が予想外すぎた。

 またおかしなことを言い出す星子に、頭を抑えるほかない。


「お姉ちゃん……ここだけの話だけどね?」

「また与太話?」


 星子はジェスチャーで耳を貸せと伝えてくる。

 他の客はオレたちのことなんて気にしていないだろうに。何を考えてるんだ、こいつは。


 テーブルを乗り出すことで星子へと耳を寄せる。


「……晴翔さん、お姉ちゃんに対して覚悟を決めて責任を取るって言ってたよ?」


 ぼそぼそと耳元で囁かれるとこそばゆい。

 思わず、くすりと笑いそうになる。


 不思議なことに、一度晴翔に笑わされてからというもの、自然と笑顔になれるようになった。

 レストランのやり取り。

 あれがきっかけだったんだろうか。


 だとしたら感謝しないと――って、思索にふけってる場合じゃない。

 なんだって?


「覚悟……責任? なんなんだあいつ」


 晴翔がオレに対して責任?

 なんのことだかさっぱり心当たりがない。

 むしろオレの方が助けられてばかりなのに。


 困惑の前についついしかめっ面になってしまう。


「……もしかしたら、告白されるのかも」


 またもや耳元でぼそり。

 ――全身に電撃のようなものが走ったのは、多分、くすぐったさだけじゃないはずだ。


 晴翔が、オレに告白?

 告白って要するに……好きだってことだよな。

 もしかして、あのときの花束ってそういうことなのか?


 いや、違う。そんな意図はない。

 じゃなきゃ、大笑いされてあんな態度はとれない。

 あいつは、オレに対して――本当に心から嬉しそうに笑ったんだ。


「な、ない。絶対そんなのない」


 だって晴翔なんだぞ?

 好きって……ずっと一緒にいるってことだよな。


 ――と考えて、以前悩んだ出来事を思い出す。


 もしかしたら、晴翔とずっと一緒にいることは出来ないかもしれない。

 親友とはいえ家族にはなれないんだから。

 それぞれ、自分の道を歩んでいく。


 だけど、恋人同士ならずっと一緒にいられる。

 それどころか、家族にだって……。


 寄り添いあうオレとあいつを想像して――不思議なことに嫌じゃなかった。

 わからない。

 オレは男だったはずなのに。


 たった半年でここまで女の子になってしまったんだろうか。

 確かに、オレの本質を見てくれるあいつならまんざらじゃ……。


 いや、違う。

 そんなの星子の妄言を受けたオレの都合のいい解釈でしかない。晴翔だってお断りのはずだ。


 だって、オレは――。


 物思いにふけるオレを無視して、星子は続ける。


「そうかなあ……晴翔さん、絶対お姉ちゃんのこと好きだよ。だって見つめてるときの視線が優しいもん」

「ほ、星子。やめろ、変な邪推をするな!」


 店内だということを忘れて必死に否定する。大声だ。

 またもや客全員の注目がオレへと向く。

 ……二重の羞恥でオレはもう湯だつように顔が真っ赤だったと思う。





 ――晴翔から、「週末遊園地に行かないか?」と誘いが来たのは翌日のことだった。


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