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けっこう働いてます

え、メイドを貸りる?

メイドの貸出しって、何?


驚いたというのもあるけど、自分も貸出しされるメイドに入ってるのだとしたら、話をよく聞いた方がいいかもしれない。あとでリンジーにも、いろいろ聞かなくては。


「うーん、そうねぇ、今は少し人手が少なくて、あまり余裕がないのだけど」

ファティマ妃は困ったように微笑んだ。

「でも今回の取引は外したくないんです。とりあえず数で圧倒したいな~なんて」

「まぁ、どこが来るの?」

少しだけ聞く耳を持った様子のファティマ妃にフーライン様が抱きつかんばかりに近づいて、扇で口許を隠しながら何事かささやいた。

「・・・・・・です」

「それって・・・・・・」

「ですから・・・・・・」

「・・・・・・そのようね」

話すうちに、二人とも楽しそうな表情になって、さらに顔を寄せて話している。フーライン様の髪飾りがもう少しでファティマ妃の髪の毛に引っ掛かりそう。


なんか、ものすごく仲良さそうに見えるんだけど、正妻と側室なんだよね? もっとも噂通りならここにお相伴してる他のメイドも女官も、みーんな大公殿下の愛人なのかもしれないから、ファティマ妃にとってはもう何でもないのかも。


密談は終わったらしい。

最後は妃殿下が素敵な笑顔で

「では、私の取り分もきちんと決めてからね」

と言って、二人が離れた。え、なに? 何か決まったの? メイドの貸出し?

何かドキドキしてきた。

本殿から絶対に出られないと思っていたのに、貸出しされる時には、外へ出られるのだろうか。


私の身分は「本殿付きのメイド」と、ここにやって来た最初に言われた。


本殿付きのメイドは水仕事はしない。

掃除は掃除人、洗濯は洗濯人、料理は料理人がする。

手が荒れるようなことはしないよう、と言われた。床に水をこぼしても、ベルで掃除人を呼ぶ。

お仕着せ服は汚れたら係の人に言えば、洗い立てのものと交換してくれる。

食堂へ行けば食事は提供される。

すべて面倒を見てくれる。自分の衣服の洗濯も使っている部屋の掃除も、一切やらない。

本当に、衣食住すべてが滞りなく支給される。


その代わり、本殿からは許可なく出てはいけない。


そして。

お相伴が終わったら、本日のお役目を言い渡される。

そのお役目によって、衣装も着替えるし、髪を結ってもらったり化粧を施してもらったり、宝石を貸し与えられたりもする。


本殿付きのメイド、つまり大公殿下のメイドの本当のお役目は、大公宮にやってくるお客様の接待係だ。


大公宮には、ほぼ毎日のように様々な場所から、とほうもない数のお客様が来ている。外国のお客様、王都からの使者、貴族、商人。その大勢のお客様の接待をするために、本殿付きのメイドは駆けずり回っている。


例えば昨日の私。


朝起きて最初の食事までは、それほどでもなかった。けれどそのあとは、どこぞの王族といった風情の一団が庭を眺めながらくつろいでいる席で、風を送るために大きなうちわでずっとあおいでいた。途中で柑橘水を所望されたり、音楽が欲しいと誰か竪琴でも弾いてみせよという話になったりで、その度にきちんと誰かが対処していた。そういうことに対処できない私は仕方なく、ひたすら腕が痛いのを我慢してあおいでいた。

昼に少しお菓子をつまんで、そのあとは、お客様をお見送りをしなさいと言われて廊下に並んでいた。廊下を通って行かれるお客様に出会う度ににっこり笑って少し腰を屈めるだけでいいからと言われ、そんな簡単な仕事・・・・・・と思っていたら、それが延々日が暮れるまで続いた。辛かった。今にも倒れてしまいそうになりながら顔だけはにっこりと微笑んで・・・・・・最後は顔がひきつっていた。これでもう終わりよね、夕食のあとには仕事はないはずと思っていたら、お客様の夕食のお相伴に呼ばれた。異国風の味付けの不思議な食べ物が並んでいて、お客様の話している言葉はさっぱりわからなかった。あとから現れたファティマ妃と、その回りを取り囲む女官はちゃんとお話し相手ができるようだったし、所望されて踊りを披露したメイドもいた。その他大勢の私は、ただただお客様の話に真摯に聞き入ったふりをして、ひたすらにこやかにしていた。これも思った以上に疲れた。部屋に戻ったときには足も顔も、すべてがひきつっていた。


あの、鞭の教師が教え込んでくれたのは、お客様を接待する技術だったのだと気がついたのは、ここに来て何日目だっただろう。

だいたい、笑っちゃうことに、大公殿下にはまだお会いしてないんだよね。

今、大公殿下は王都に滞在中で不在。


大公殿下の慰み者になるって変に悲壮な覚悟をしてきたのに、びっくりだ。

いや、大公殿下が帰ってきたらやっぱりそういうことになるのかもしれないけど。



「あ、この人も貸して」

ほけっとしていた私の肩が、急に引き寄せられた。宝石をあしらった華奢な指が私の背をとらえている。

「エルマはまだ来たばかりなの。おすすめしないわ」

ファティマ妃が首を縦に振らなかったのでホッとした。

「今はいろいろ仕込んでいるところなの。でも、エルマはよくやってくれてるわ。とっても働き者」

いきなり誉められてしまって、かぁっと頬が熱を帯びてゆくのが自分でもわかった。ファティマ妃はなにげなく気軽に周りの者を誉めると思う。無芸の自分が恥ずかしい。働き者じゃないです。よくやってないです。ごめんなさいと身を縮めているのに、またもや、向こうの席のお相伴の女官が羨ましそうな顔をした。お願いだからそんな目で見ないでよ~。

するとフーライン様が、ものすごく近くから私をじいっと見ていることに気づく。え、なに?

「でも、なんか、すごく好みって感じ、あの人の」

ちょっと吐き捨てるように冷たく言われて、ゾクッとした。


私が、大公殿下の好み? そうなの?


恐々とファティマ妃の方を見る。ところがファティマ妃がなぜかちっとも不愉快そうでなく、むしろ楽しそうに笑う。

「でしょう」

え、ほんとにそうなんですか?

「なんか、健気っぽくて、守ってあげたいような感じだもの」

フーライン様がもう一度値踏みするような目を向けてくる。若干トゲを感じるのは気のせいということにしよう。ファティマ妃はにっこりと満足そうな顔で微笑んでるし、これはきっと彼女にとって気分を害する話題ではないんだろう。

「まぁ、いいですけどね」

フーライン様はわずかに苦々しげな表情を浮かべて、それからため息をついた。やっと私の体から離れてくれる。

「あの人に、そういうことさせるの、いい加減にやめたら?」

聞こえないように呟いたような言葉だったのだけれども、女官長が

「無礼ですよ、フーライン様」

と咎めたために、逆にみんなが青ざめた。サーっと空気が冷えたように感じるんだけど気のせいかな。なに? なんなの?


妃殿下と側室、やっぱり仲良いなんてあり得ないってこと?


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