お金は大事です
心臓から血が吹き出るよう。そんな気持ち。
アーマイゼ伯爵夫人に前借りした分の契約は、あと2年。弟の学費に使ってしまったから返せと言われても返せない。
あ~。お金。
お金のことを考えたら少し冷静になったかも。
大公宮のメイドなら給金は高そうな気がする。転売されるのならせめて私の取り分はあるのだろうか。
「ところでね、エルマ」
お金お金とぐるぐるしはじめた私を、女主人がちろりと見て、もったいぶったように言葉をついだ。
「大公宮からお支度金が出るのだけど」
「お支度金?! いくらですかっ」
お金が出ると聞いたら、ぶわっと力がみなぎった。静まれ、私。
伯爵夫人はにっこり微笑んだ。
「金貨100枚よ」
聞いたとたんに心臓がばくばくと音を立てはじめた。金貨100枚。金貨100枚。100枚。
大学に進む弟の入学金が金貨5枚、学費が5年間で20枚。女主人からの前借はその金貨25枚なのだ。
金貨100枚もらえるっ!
「あなたに半分差し上げるわ」
「え、半分ですか?」
私が不満そうに返したことに、女主人もムッとした表情になる。
「あのねぇ、お支度金というのはね、大公宮に上がる娘を磨きあげて、最低限の礼儀を教えて、美しいドレスを着せて送り出すための費用なの。こっちにもいろいろ持ち出しがあるのよ。ドレスだって金貨10枚くらいはかけないと」
はあ、なるほど。
金貨10枚のドレスね~。
貴婦人の礼装がつくれるな~。シンプルに布を使えば2着つくれるかも。
うちの母だったらそうするかな。
でも金貨10枚の予算とか言われたら、あの人、張り切って高いレースなんか買い込んで・・・・・・。
え、あれ?
そうだ、うちの母がいるじゃん。
「奥さま!」
「だから、半分はうちが貰わないと大赤字なのよっ」
「私の母がドレスを縫います。お針子なんで」
「あなたのお母様?」
女主人があきれたような顔をして、それからちょっと同情する目で見てきた。
「大公宮へ参上するドレスです。田舎のお針子が縫うようなシロモノではダメよ。献上する我が家の恥になるわ」
「田舎のお針子って、母はちゃんとした・・・・・・」
「とにかく!」
扇がパチンとならされた。
「半分はあなたにあげるわ。あなたの弟が大学を卒業してからだって、独り立ちするにもいろいろと費用が掛かるでしょう。いいお話でしょう。私に感謝することね」
弟は今年都の大学入試に合格した。勘定官になるために5年間、王都で学ぶ。
勘定官は国の財政を預かる役職で、身分が無い者が出世するための最も輝かしいルートだ。亡父はしがない地方の徴税官だったから、一応は私たちも貴族なんだけど、貴族なんて名乗ろうものなら唾を吐かれちゃうような末端にいる。父のあとを継いで徴税官になるのがどうしてもいやだった弟は、子供のころからものすごくものすごく勉強してた。
いま、お金の心配をしなくて済むようになるのは、ものすごく嬉しい。
弟の都での生活費のために、お針子の母は猛烈な勢いで注文を受けて、寝る間も惜しんで針仕事をしている。
「皆さん私の縫う服を愛してくれてるからね~」
と母は得意そうだけれども、きっとそのうち体が持たなくなる。
私はお針子の才能が絶望的に無くて、だからミロードに紹介状をもらってメイドになることにした。
アーマイゼ伯爵夫人はメイドを育てるのが上手っていう評判で、アーマイゼ家でメイドをしていましたって言えば一目置かれるメイドになれるという話だった。だから、ミロードが私のためにアーマイゼ家につなぎを取ってくれたのだ。
お金のことは嬉しいけど、感謝なんてしない。
私はあの方に顔向けができなくなった。
「お金のことは感謝します」
私はわざと不服を前面に出しながら言った。伯爵夫人が少しひるんだよう体をゆすったけれど、すぐにぴしゃりと言った。
「あなただって、うちのみたいな年寄りの愛人に収まるよりは、大公殿下の方がいいでしょう」
「奥さま、再三申し上げたように、わたしはそんなつもりはなくて」
「じゃあ、うちのバカ息子がのぼせ上がったのは、どうなのっ」
突然伯爵夫人が、声を荒らげた。
「あなただってまんざらでもなかったんでしょう。ムスター家の若様みたいに奥方にしてやるとでも言われたのっ。うちの息子は、あれでもメイドに手を出すような子じゃなかったのよ!」
いつもは上品な伯爵夫人の顔に血が上っている。私の血も沸騰しそう。
ちがう。のぼせ上がった訳じゃない。
あんたの息子はただ味見させろと言っただけ。
「ちがいます」
それしか言えなかった。
私はメイドになりたくてここに来た。父も亡くして、夫も亡くして、メイドとして生きようと思ったからここに来た。メイドとして仕込んでもらうために来た。他のメイド見習いは私よりも若い子ばかりで、私はけっこう頑張った。
この家の主人アーマイゼ伯爵になにかにつけて親切にしてもらうようになって、おかしいな、とは思っていたけれど、もともと使用人やメイドたちの体調なんかも気遣う人で、私にちょっと同情してくれるだけだと思ってた。伯爵夫妻はいい人で幸せと思っていた。
なぜそうなってしまったのかわからない。
いつのまにか、アーマイゼ伯爵にあからさまに好意を示されるようになった。手を握られて「慰めてほしい」とか言われたときは、どうしちゃったのこの人??、だった。世話をさせて欲しいと言われて、否と即答した。誤解しようがないくらい拒絶したつもりだ。拒否して拒否しまくって逃げていたら、伯爵はもともと善良な人だから、どうにかあきらめてくれた感じだった。
ところが。
ちょうど伯爵の後継ぎが王都から帰ってきて、父親の老いらくの恋を聞きつけて、味見させろと迫ってきた。
息子がからんだとたん、伯爵夫人も耐えられなくなったのだ。私がいることに。
はあ、それにしても。
なんで大公宮に送り込む話になったのだろう。
だいたい、献上するのにお支度金ってすごいな。大公殿下は途方もないお金持ちと聞いたことがある。大公宮は王宮にひけをとらないっていう噂もあったような気がする。
私はもう生娘じゃないし、二十歳を過ぎていて献上品としてはちょっと見劣りがすると思う。アーマイゼ家はそれでいいんだろうか。大公殿下や大公宮の人々が「こんな娘を送り込んでくるなんて」と怒ったりしないんだろうか。
金貨100枚なんて、娼館に身売りしても絶対にもらえない金額だ。
そうよ。
何でそんなにお支度金が出るの?
理由があるの?
ものすごく辛い・・・・・・嫌なことをさせられるの??




