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待機です

その日は突然訪れた。


そろそろ王都から大公殿下がお戻りになるかもしれないと、朝の食事のときにリンジーが言っていたので、うっかり楽しみだな~なんて思ってしまった。周りの同僚たちも浮き足立っている感じがした。

「大公様はお土産をくださるかしら?」

「楽しみね」

「きっとまたお土産がたくさんなんじゃないのかしら、あっちの!」

「ですよね~」

「また女官長の眉間にシワがよっちゃうわよ」

「私は楽しみだけどね、新しい子が増えるの」

「そんなこと言って、新しい子いじめないでよ」

「はいはい」

大公殿下がお帰りになると新しい子が増えるのか。そうなんだ。


「でも、久しぶりにお子さまにお会いになるんだもの、大公様も楽しみになさってるわよ」

「あーん、わたしも姫様にお会いしたい~っ!」

「女官たちがいっつも独占してるんですもん。羨ましい!」

「わたしも姫様のお世話をしたい!」

姫様。

ファティマ妃のお産みになった姫様。

えーと、名前は、えーと、えーと。

忘れました。ごめんなさい。

もうすぐ1歳におなりになるナントカ姫様。

きっと利発なお子なんだろうな、ファティマ妃のお子なら。私もお会いできる機会があるだろうか。

成長なさったら、ファティマ妃と一緒にお食事をされるようになって、そうしたらお相伴に呼ばれたりすることもあるのかしら?


ちょっとだけそんな未来を想像してうきうきしながら、で、私の今日のお役目は?と確認したら、衣装部屋で待機、と言われた。


待機?

なんだろう?


とりあえず衣装部屋に移動する。歩いている途中もあちこちで「大公殿下がお帰りになるのよ」という囁き声が聞こえた。それって今日のことなの? だから待機?

よくわからないまま、衣装部屋に着いてしまった。「エルマ様はこちらへどうぞ」とお針子見習いの少女が、長椅子を示したので、頭は疑問符でいっぱいながら、とりあえず座る。


少女たちが着替えのドレスを持ってきてくれないところを見ると、着替えの指示は出ていないようだ。


着替えにやって来る同僚たちに何か聞かれたら「待機です」と言えばいいのかな? 

さぼってるわけじゃないんだよって言わないと・・・・・・とか一人で悩んでいたのに、誰も来ない。お針子見習いの少女たちが黙々と片付けているだけだ。


全部で5人。みんな15歳くらいだろうか。いや、ちょっと年嵩の子もいる。

大公宮のお針子というのは、憧れの仕事なんだろうか。母だったら喜んでやりたいと言うような・・・・・・いや、言わないか。

依頼主のために全力をかけて服を縫い上げる母だ。母の顧客は裕福な人も中にはいるけれど、それでもここ一番のときに最高の服を着たいから、母に注文する。どんな席で着るか、どんな客が来るか、細かく聞くのがお針子の基本だと母は言っていた。華やかに見せたい、慎ましく見せたい、清楚に見せたい、王都で流行っているような服が着たい・・・・・・服の依頼主は様々な願望を持っていて、母はそれに答えるべく力を尽くす。


必要なのは、愛。

愛よ、愛。


ええ、わかっていますってばお母様。つい独り言をもらしそうになる。


淡々と無表情とも言えるくらいに真摯な顔で、ドレスや小物を箱に入れている少女たちにも、きっと別の愛はある。だってこんなにきちんと仕事をしているんだもの。丁寧に動く指先に、お針子になる未来が宿っているようで、少しだけ羨ましく思う。

私だって母があんなに完璧主義じゃなかったら、お針子もやれないことはなかったからね。と、言ってみる。繕い物だってちゃんとできた。まぁ、でも、もしもお針子になったら、愚痴や恨みをブツブツ言いながら服を縫い上げるような、母の言うところの「最低なお針子に」になったかもだけどね! 

愛がないのはダメだよね。



なんて思いながら、奥のほうで小物をしまっている少女が手にしている驚くほど幅広のレースを、ぐぐっと目をこらして見た。あれって、編み上げるのにいったいどれだけの時間がかかるんだろうか。あちらに積み上げられているのはみんな絹だ。こうして眺めているだけで、大公宮のとほうもない富がわかる。


これだけお金持ちなんだから、人の服を持っていかなくてもいいじゃないの。


ここに来たときに、持ってきた服を全部取り上げられちゃったので、私はその事を根に持っている。

あれは、ただの服じゃないのよ。

愛がつまってるの。

だってほんとに、伯爵夫人は新しい下着まで全部用意してくれた。

用意されたドレスなんて、袖の付け方とかレースの付け方とかが伯爵夫人が着ていたものと一緒だった。貴族の奥さまが自分のお針子にメイドに与える服を縫わせたんだってわかった時の、私の気持ちを考えて欲しい。アーマイゼ伯爵夫人はやっぱりすごく善い人だったのだ。もう転げ回りたくなったね。

うちは大赤字と言ってたのって、割りと本気の発言だったと思う。ちゃんと支度金の半分をくれたし。

いや、伯爵夫人の心づくしのドレスもそうだけど、やっぱり母の縫ってくれた服を返してほしい。

あの袖無しの胴着だけでも返してよっ。余り布を胸元に配しておしゃれするとか、大公宮では無縁じゃないのっ。

頭の中で盛大に不平不満をぶちまけていると、あれ?と気が付いた。


「あれ」

あ、つい、声が出ちゃった。

手前の少女が広げて点検しているドレスは、どこかで見たことのあるようなくくり染めだった。くくり染めの上に細かく縫い取りと刺繍を重ね、ひらりと長い裾は染めの美しさを際立たせる。

「あ、その、くくり染め・・・・・・」

「はい、なんでしょうか」

少女が礼儀正しく体を向けて尋ねてくる。

「ごめんなさい。あの、とてもきれいな染めだな、と思って」

とたんに、少女がふわりと笑った。花が咲くように。でもすぐに引っ込む。

「これはナセン様が染めたものです」

ナセン様って誰? 特別な染色の工房の人? 

少女に聞いてみようと思ったがやめた。仕事の手を止めちゃ悪い。

「ごめんなさい。どうぞお仕事を続けて」

「はい」

と少女はやっぱり礼儀正しい。そして、素早くドレスの隅々まで点検する眼差しが、とても真剣で素敵だ。無駄話をして仕事の邪魔をするわけにはいかない。

よし、あとでリンジーさんに聞こう。

と思ったとき。


カラン。


部屋の鐘がなった。

少女たちがハッとしたようになり、ささっとやりかけの仕事を終わらせる。おぉ、なんて手早い。優秀だねっ!

鐘は何かの合図なんだろうけど、私にはわからない。

身分の高い人が来るよ、とかだったらどうしよう。

私はここにいていいのかな。でも、まだお仕着せ服のままなんだよね。

待機っていつまで待機すればいいの?


「失礼いたします」

少女たちは次々と部屋を出ていってしまった。

廊下側の扉二つからそれぞれ出て行った。

あの鐘は呼び出しの合図だったのかな?

なんて、思った瞬間、扉からガチャリと重々しい音がした。


え、あれ? 今のって鍵がかかる音っぽくなかった?


焦って長椅子から立ち上がった私の耳に、もう一つガチャリと音がした。


まさか。


まさかと思うけど。


閉じ込められた?!

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