3話 策略です
軽い話は書くのが早い。でも短い。
小魔王とマリクは三ヶ月にして莫大な富を築いた。
小魔王は只菅服に付与を掛けまくり、マリクはより多くの富を得るために伯爵や王族に売り込んだ。
小魔王とマリクは、例のマスターの店“止まり木”で祝杯を挙げていた。
「それもこれも、イムスル様のお陰でございます。私も偉くなりました」
「ふむ。我にとってこの程度造作もないこと。言うなれば、成功すべくして成功したのだ。感謝される程ではない」
それを聞いていたマスターは苦笑した。
「おいおい、ちょっと前まで家宝の剣を売ったとかなんちゃら言って号泣してたのは、どこのどいつだ?」
「我は過去を振り返らない。在るのは未来だけだ」
高慢な様子を取り戻した小魔王は止まることを知らない。
「此で我が国取りの野望の第一ステップが整ったのだ!!」
「国取り?」
マリクは首を傾げた。
マスターは、笑いながら教えた。
「コイツの目標は、国取りなんだと」
「ほぉ、流石イムスル様。志がお高い。私も見習わなければ」
「国中の服屋を買収しているマリクさんも大概だぞ」
マスターは溜息を吐いた。
「ふはは、まだ我が野望は終わらない。次は拠点だ!!」
「私が良い物件を紹介しましょうか?」
「それは真か!!」
「私の伝も広がりましたからね。その程度造作もありません」
「流石、我が盟友なのだ!!」
「いえいえ、イムスル様には返しきれぬ恩がありますから」
マリクは小魔王に明日、不動産に取り次ぐ約束をした。
この二人は、酔っ払いの戯れ言として、小魔王の国取りを真剣に考えているわけではない。
そうとは、露とも知らず、小魔王は新たな拠点に胸を膨らませた。
★☆★
「おい、此れはどういうことだ?」
小魔王は剣呑とした視線を不動産業者に送った。
仮にも魔王の殺気に、彼らは腰を抜かした。
「い、いえ、我々はただマリク様に物件を紹介しろ、と言われただけでございまして」
「此れのどこら辺が、拠点なのだ!!」
小魔王は怒ったように、物件を指差した。
在るのは素晴らしい邸宅だ。
白亜の壁に、どっしりとした門柱。
小高い丘に建てられた豪邸。
しかし小魔王の望む、防衛陣の張られた拠点とは程遠かった。
「これが、我々のご紹介できる最高の物件でありまして・・・」
不動産業者の片割れが眼鏡をくいっと動かした。
それに小魔王が苛つく。
「お主ら、我を謀っているのか。死にたいのか?」
小魔王の背後に、火の玉が浮かぶ。
不動産業者は顔を蒼白にした。
「決してそのような事はございません」
「なら、我の納得する理由を述べろ! 今すぐだ!」
不動産業者は、頭をフル回転させた。
どうすれば、自分の身を守る事が出来るのか、彼らの頭にはそれしかなかった。
「此れは一種の策です」
一人が口を開いた。
「策?」
「堅牢な要塞では、敵もそれ相応の軍隊を用います。しかしこの見た目なら、相手の油断を誘えます」
「・・・なるほど」
「お客様の程の魔法の才覚があれば、この邸宅を要塞化することなど、簡単でしょう」
「ふふ、お主らも上手いことを言うのぉ」
小魔王はこの上なくチョロかった。
不動産業者は「無料で進呈します」と言い残すと我先にと逃げ帰った。
「ふむ。此れを要塞化、か。腕が鳴るのだ」
小魔王は先ずはと、部屋の中に入った。
木材で作られた内装は、壁紙と相まって、優しく落ち着く空間を作り出している。
最低限の家具も揃えられていて、家としては素晴らしい限りだった。
「ふむ、このベッドのスプリングは中々」
なんだかんだ言っても最高級は伊達では無かった。
久し振りのキチンとしたベッドに興奮して、小魔王はそのまま眠りに落ちた。
★☆★
「クテシフォン様、奴の毒殺に失敗しました」
白地の服に金の刺繍が入った壮年の男の前に、若い男が 跪いた。
若い男の顔には任務失敗の苦渋に歪められていた。
「フラス・・・。気にするで無い。お前はよくやっている」
クテシフォンと呼ばれた男は、ヒラヒラと手を振って下がるように指示した。
若い男は、渋々部屋を出ていった。
疲れた顔をしていたクテシフォンは、机に乗っていた布を手に取った。
「全く何だというのだ、この布は・・・。このままではクテシフォン家の財政が破綻する・・・」
クテシフォン家は、代々付与の魔法で栄えた貴族だった。
しかし、マリクと名乗る呉服店の台頭で近頃は困窮している。
当主、クテシフォン デ ムルエラは、その裏に一人の人物が居ることまで突き止めていた。
「何故だ。何故奴には、毒が効かない。刺客の放った矢が逸れる。追い掛けると直ぐに姿が消える」
ムルエラの放った刺客たちは、幾度も小魔王を襲っていたが、どうしても止めを刺せなかった。
無論、毒は魔族に効果はないし、矢が逸れたのは小魔王に張られた結界のせい、姿が消えるのは、移動を面倒くさがった小魔王がショートテレポートを使ったからだ。
しかしムルエラの知るところでは無かった。
「後、試していないのは・・・」
ムルエラは、無い頭を必死に振り絞った。
そして一つの結論に行き着く。
「・・・ハニートラップだ」
ムルエラは一人の少女を呼び寄せた。
彼が奴隷を、暗殺部隊として鍛えたモノだった。
幼い見目に、ムルエラは何度も頷いた。
「セイス、お前に特別任務を与えよう」
「何でもお申し付け下さい、旦那様」
「コイツに付け入り、隙を見て暗殺しろ」
ムルエラは、魔法で紙に転写した小魔王の姿をセイスに渡した。
「付け入る必要は無いように思いますが」
セイスは、小魔王の肉を大口開けて食らい付く写真に溜息を吐いた。
「油断は禁物だ。コイツはこの見た目から想像も付かないほど狡猾だ。我々の手の者を退けている」
「この冴えない奴が、ですか?」
「そうだ」
「ふーん」
セイスは、【見かけで判断するのは禁物】と脳内にメモをした。
「方法はどうしましょう?」
「うむ。モノ乞いの振りをして近づき、同情を煽れ」
「はい」
「そして、お返しとか何とか言ってベッドに引き込め。油断したところで、短剣で一発だ」
「承知しました」
セイスは、頷くと夜闇に紛れて消えていった。
「頼んだぞ、セイス」
ムルエラは、個人の趣味でロリコンだった為にセイスを派遣したが、小魔王がお年を召した女性を好んでいたとは知る由も無かった。
必ず成功する、と理由無き自信を抱いて、ムルエラは眠りに落ちた。