2話 金策です
あれ? 何故投稿してるんだ? 手が勝手に・・・。
小魔王が、魔の領域から脱兎のごとく逃走した数日後の事。
彼は、人間の領域の飲み屋の一軒で、朝っぱらから飲んだ暮れていた。
「おい! 酒だ! 酒を持ってこい!」
「お客さん、流石に飲みすぎだ。もうストレートで十発以上やってるだろ」
「えええい! 五月蝿い! 人間にとって客は神様だろ! 酒だ、酒を寄越せ!!」
「・・・ちゃんと支払いしろよ」
酒屋のマスターは嫌な顔をしながらも、店の奥に消えていった。
小魔王は鼻息を荒くしながら、ひそひそと噂する他の客を睨み付けた。
「何もかも気に入らん!!」
ガンっとカウンターを思いきり叩くとマスターが困った顔をしながら出てきた。
ビールジョッキに、ウィスキーをストレートで注がせるという無茶振りにマスターは、苛立ちを隠せない。
「何があったのかは、知らないが。店の備品は壊さないでくれ」
「お主、矮小な人間の分際で我に口を聞くか!! 実に愚かだ。我が消し去ってくれる!!」
「矮小な人間って・・・。あんたも人間だろ?」
マスターは酔っ払いの世迷い言として小魔王の言葉を真に受けもしない。
それも当然だ。
小魔王は、人間の領域に入るに当たって、自身の類い稀な魔法技能で人間に変装していた。
雄々しい二対の翼と角は透明になり、赤色の瞳は深い緑色に変色している。もちろん、頭髪も黒から金色に変化していた。
差し詰め、事業に失敗した貴族のお坊っちゃんという風情だ。
小魔王は、それを今更になって思い出して、不機嫌そうにグビグビと酒を飲み干した。
ゲプッと息を漏らすと、無言でジョッキを振った。
マスターはそれを見て、顔を蒼白にする。
「すまんが、もう酒は出せないぞ」
「お主、人間の分際で・・・」
「分かった、分かった。あんたはスゴいお人だ。尊敬してる。オレが話を聞いてやるから、酒を飲むのは勘弁してくれ」
小魔王は、目を細くしてマスターを眺めた。
「それは真か」
「洗いざらい、吐いちまいな。少しは楽になるぞ」
「・・・おお! ここに神がいる。我は人間界で始めて優しさに触れたぞ!!」
「おいおい、一介の酒屋の親父を誉めても、酒は出さないぞ」
「世辞ではない。お主、我が武官になれ!! 今なら筆頭になれるぞ!!」
マスターは苦笑した。
「オレに武官なんて務まらん。ほれ、話してみな」
小魔王は、それを聞くとグズり出した。
涙腺が崩壊し、鼻からは透明な液体が溢れている。
小魔王は泣き上戸だった。
「うぅ。我は右も左も分からない中で、ここにやって来たのだ」
「ふーむ。お客さんは旅人だったのか?」
「断じて違う! 我は、誇り高き魔・・・、領主だった。しかし王の反感に会い、島流しにされてしまったのだ」
「それは・・・、運がなかったな」
マスターは、【そもそも貴族の気持ちなんて分からん】と思ったが、我慢して相槌を打った。
歴戦のマスターは、やけ酒をしている客の扱いも心得ていたのだ。
「着の身着のまま流されて、お金が無かった」
「それは災難だったな」
「恥を忍んで、屋台に恵みを頼んだら『金がないなら客じゃねぇ、帰れ!』と振り払われ」
「まぁ、当然だな」
「教会に行ったら、『信者以外には、神の施しはありません』と炊き出しを断られたのだ」
「それも普通だろ」
マスターは何がいけないのか、全く分からない。
「人間社会は厳しい。厳しすぎるぞ!!」
「・・・そうだな」
面倒臭くなったマスターは、今の小魔王が金銭を持ち合わせているのか不安になった。
「お客さん、金は大丈夫か?」
「金ならある!! あるのだぁぁ。ぐすん」
小魔王が、袋を引っくり返すと、金色の山が出来た。
マスターの目が驚きで見開かれる。
「こんな大金・・・、どうしたんだよ」
「我が家宝、魔け・・・、聖剣イシュタークを質に入れたのだ」
「あらら、そりゃ大切なモノだったじゃないのか」
「大切なんて軽い言葉では表せない!! あれは魔・・・、我が王国に三振りしかない国宝なのだ!! それを我は、我は」
「売っちまった・・・。という訳か」
マスターは、【これはダメだ】と溜息を吐いた。
小魔王が、カウンターに泣き崩れる。
魔剣イシュタークは、魔王に列なる者の象徴だった。
「もう為っちまったモノは仕方ない。ほれ、前を見な。きっと明日がある」
マスターはカウンターから小魔王の背中を擦った。
小魔王は、暫くそのままだったが、マスターの慰めが効いたのか立ち直った。
「うむ。我、頑張ってみようと思う!!」
「そうか、頑張れよ。心の奥底で応援してやる」
マスターは、然り気無く小魔王のジョッキを回収して洗い始めた。
「そこで、お主に相談事がある!!」
「ん?」
マスターは、【うわっ。めんどう】と思ったものの、最後まで付き合うことに決めた。
「国取りがしたい!」
「え?」
「国取りがしたい!!」
マスターは、頭を抱えた。
「あんたは、一介の酒屋の親父に国取りを聞くのか?」
「いや、お主は酒屋の親父の枠に収まらないのだ。そう、俗世に嫌気が差した賢者・・・」
「勝手な設定を付け加えるな。オレは生まれて此の方、酒屋の親父だ」
「それでも我にとっては、賢者だ。お主の貴重な意見を教えて欲しい!」
小魔王は、名も無き酒屋のマスターに頭を垂れた。
見る人が見れば、笑いが止まらない光景だったことだろうが、幸いにして気が付く者は居なかった。
「あぁ~。えっと取り敢えず、頭を上げろ。オレは尊敬されるような人物じゃない」
「教えてくれるか?」
「分かった、分かった。こんなオレの意見でも良いなら、幾らでも教えてやる」
マスターは折れた。
「早速お願いしたい」
小魔王はキラキラした瞳をマスターに向けた。
一瞬、言葉に詰まりながらも、マスターは咳払いをして、口を開いた。
「まず必要なのは、金だ」
マスターは金の小山から、金貨を一枚取って、小魔王に示した。
「酒を飲むにも、軍を組織するにも、先立つモノが無ければ全て机上の空論だ」
「なるほど」
「そして、次に必要なのは拠点」
「拠点?」
「やっぱり安定した場所がないと、商売は辛い。固定客が掴めないからな。国取りで言えば、兵たちが拠り所にする場所が必要だ」
「ふむ」
「そして一番重要なのは、差別化だ。何もかも同じでは客の心を掴めない。国で言えば・・・、住む人にとってのメリットが必要だ」
「ほぉ。流石、我の見込んだ人物だ。的確なのだ」
マスターはそれを聞いて照れた。
「今のは経営の初歩だ。国取りに応用出来るかは知らん」
「いや、貴重な意見を賜った。感謝する!」
小魔王は、鬱々とした空気を消し去ると意気揚々と酒場を出ていった。
「変な奴だ」
後にこの酒場のマスターが大国の宰相になるとは、誰も予想だにしなかった。
★☆★
「金はある・・・。だが使い切れば無くなる。稼ぐ手段が欲しいのだ!」
小魔王は、町の店に冷やかして回った。
彼は、簡単に儲けられる手段を探していたのだ。
(大事なのは差別化。真似できない事をしなければ)
小魔王は、とある呉服店に入った時に興味を引かれた。
一枚の服を手に取って、店員を呼び寄せる。
「おい、店員。この服には魔法の加護が掛かっているのか?」
「はい、お客様。これは当店の看板商品。風の加護が掛かったローブでございます。足元の覚束無い老人も、此れを着れば、山登りも可能です」
「ふむ。値段はどれくらいだ?」
「付与魔法は貴族の専売特許ですからね。金貨13枚と御高くなっております」
「この杜撰な加護で、金貨13枚だと・・・」
因みに魔剣イシュタークは金貨53枚で買い叩かれてしまった。
概算でこの服四枚と国宝が釣り合う計算になる。
今更、騙されたことに気が付いた小魔王は、歯軋りをした。
「あの質屋め。次見たら、我が業火にて燃やし尽くしてくれるわ」
「お、お客様?」
「お主、我が代わりに加護を掛けると言ったら、受けてくれるか?」
「いえ、店員では判断しかねますので、責任者に取り次ぎます」
暫くすると、店の奥から、小太りの中年が出てきた。
「シルビア、こういう迷惑な客は追い返せと言っただろ」
「すいません、店長。でもこの人本物っぽいんです」
「私は忙しいというのに、次から次へと」
ブチクサ文句を垂れ流し、小魔王の前に立った。
「見ての通り、私は忙しい。手短にお願いしたい」
「すまない。だが、この加護は杜撰なのだ」
小魔王は、服の一枚を取って店主に見せた。
中年店長の眉が跳ね上がる。
彼のイライラは最高潮に達していた。
「貴様、私たちの商品に文句を付けるか。いい加減にしろ」
「我なら、これ以上の品質で、金貨3枚で納品しよう」
「出来もしないことを、並べ立てるな!!」
小魔王は、いい加減口で説明するのが面倒になったので、加護のない服の一枚を手に取った。
生地を、手で撫でると服の表面に様々な色の魔方陣が形成されて、吸い込まれていった。
店主の目が、大きく見開かれる。
「む、無詠唱だと・・・。そんなの宮廷魔法使いぐらいにしか・・・」
「確かめてくれ」
そのTシャツを受けとると、店主は鑑定を始めた。
商人特有のスキルで、余すところなくその性能を確認してしまった店主は、気絶しかけた。
何の変哲もない Tシャツには、聖人の服よりも高位な加護が掛かっていた。
国宝よりも同等、もしくは優秀な性能に、店主はコロリと態度を変えた。
「これは失礼しました。私は、マリク・エッフェルトでございます。しがない呉服店の店主ですが、末長くお願いします。宜しければ、お名前をお聞かせください」
「ふむ。我が名は、イムスル。流れの魔法使いだ。此方こそ宜しく頼む」
両者は全く異なる感情で握手を交わした。
(ふー。これで金欠の心配はなくなった。国取りの第一歩か)
(ふはは、私は此処から躍進する。まずは支店長から、取締役。引いては社長だ!! あの監査課の糞犬に吠え面かかしてやる!!)
此処から両者の物語は始まった。
大きな歪みを孕んだままに。
文体の練習です。面白さは度外視されてます。